恒例の秋の健康診断に行きました。詳しい検査結果は後日に出ますが、前回やや難があった血圧や左耳の聴力は今回は問題はありませんでした。胴まわりをはかる際、メジャーを当てた係の人から「お腹を引っ込めないで、普通にしてください」と言われました。ついいつもの癖が出てしまいましたが、体重は前回より6キロ減っていました。

「何かダイエットでもしているんですか?」
「ええ、まあ」
「半年で6キロってすごいですね。どんなダイエットしているんですか?」
「コアリズムですよ。毎日、姿見の前で腰を振ってます」
「ああ、あれ‥‥」

まわりの人達も興味深々という感じで耳を傾けていました。ホントはただ歩いているだけなんですけど。

気分がいいとサービス精神も旺盛になります。

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2009.04.11 Sat l 健康 l top ▲
太尾隊道桜

うららかな春の陽気に誘われて、散歩がてら花見に行きました。

まず、最寄駅とは反対側の太尾新道沿いの桜を見ながら新横浜まで歩きました。新横浜からは市営地下鉄で桜木町に行きました。

野毛を横切り、都橋から長者橋までの大岡川沿いを歩きました。平日の昼間にもかかわらず、結構人は多かったです。日本人が3分の2で、残りは中国や韓国、フィリピンなどの外国人でした。

大岡川桜1

以前このあたりは外国人の街娼達のメッカだったそうです。しかし、開港150周年を前にした浄化作戦でほとんど姿を消したのだとか。もっとも、この花見のシーズンは例年開店休業だったのでしょう。

大岡川桜2

大岡川桜3

川沿いの道路は福富町西通りと呼ばれ、その奥はソープランドと韓国料理店が林立する横浜の暗所とも言うべき福富町です。道路沿いにもソープランドが並んでいますが、黒のスーツを着た呼び込みの男性達が手持ち無沙汰な様子で花見客を見ていました。

川の歩道沿いにはビニールのテントを張った屋台が出ていましたが、スペインやベトナムやブラジルなど、実に国際色豊かでした。ただ、なんとなく胡散臭い感じがなきにしもあらずでしたが。

山下公園大道芸1

山下公園大道芸2

花見のあとは伊勢佐木町〜寿町〜石川町駅のルートで山下公園に行きました。山下公園では若い大道芸人のパフォーマンスに観客達が歓声をあげていました。

さらに山下公園から遊歩道を歩き、万国橋の運河沿いのいつものベンチでしばらく休憩して帰ってきました。帰って万歩計を見たら、1万8千歩歩いていました。満足、満足。

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2009.04.03 Fri l 横浜 l top ▲
エチカ池袋

オープンしたばかりのエチカ池袋に行きました。残念ながら写真を撮ることができませんでしたので、今回はパンフレットの画像のみですm(__)m。

私が上京して最初に住んだのは、西武池袋線沿線の街でした。そして、一昨年、横浜に引っ越すまで10数年住んでいたのが、東武東上線沿線の街です。従って、乗継ぎ駅の池袋は、私にとって東京でいちばん馴染みのある街です。特に、東武東上線を利用するようになってからは、東口より西口に出ることが多くなりました。西口は東口に比べて人が少なく、ややひなびた感じがあるので、なんとなくホッとするところがありました。

それに、なんと言っても私にとっていちばん大きな理由は、西口には芳林堂書店(2003年12月閉店)があったからです。東武デパートの旭屋や東口のジュンク堂など大型書店ができるまでは、池袋と言えば芳林堂でした。私は本屋に行くのが趣味のような人間ですが、いちばん利用したのはやはり池袋の芳林堂です。

西口の地下の端には人知れず新線池袋という駅がありました。有楽町線の和光市駅や小竹向原駅でうっかり「新線池袋行」に乗ろうものなら、西口の地底深くに作られたホームに放り出され、少なからず戸惑うはめになります。ましてJRに乗り換えようとすると、改札口を出てからさらに閑散とした地下通路を東口の方に向って延々歩かなければなりませんでした。

その閑散とした地下通路に約40の店舗が入って先月オープンしたのが、エチカ池袋です。ちなみに、”駅の地下”だから、「エチカ」だそうです。もちろん、事業主体は東京メトロ(旧営団地下鉄)です。エチカ池袋の場合、20代〜40代のカップルがターゲットだそうですが、実際は有楽町線や副都心線を利用して都心で働く、埼玉都民の若い女性達が主流になるのでしょう。それにしても、東京メトロが「エチカ」で、JR東日本のエキナカ(駅の中)が「エキュート」(駅がキュート?)と、いづれも人を食ったような安易なネーミングで、なんだかまぎらわしくてなりませんね(ネーミングまでが横並びというのはいかにも官僚的な鉄道会社らしい気がします)。

西口の商店街は、今回は相乗効果を期待して反対もなかったそうです。たしかに、JRと違って改札口の外の通路なので、利用客が地上に出てくることを期待する気持はわからないではありません。しかし、残念ながら地下通路の構造や位置関係からみると、とても地上に上がってくるとは思えず、相乗効果は画餅になる可能性大です。

それより、池袋を利用する埼玉都民の多くが口にしているように、「ホントに大丈夫なの?」というのが偽らざる現実でしょう。これほどエキナカや駅ビルが乱立すると、もはやテナントに新鮮味もなく、あきらかに企画のマンネリ感は否めません。もっとも、東京の都心の地域間競争なるものも、所詮鉄道会社におんぶに抱っこしたものでしかないのですから、こんな個性のない街づくりが消耗戦になるのは当然でしょう。

ところで、私が何より驚いたのは、このエチカ池袋のコンセプトが「池袋モンパルナス」だということです。西口には東京芸術劇場があるので(かの舞台芸術学院もあるし)、その延長で「池袋モンパルナス」を思いついたのかもしれませんが、資本というのは金もうけのためならなんでも利用するもんだなとあらためて思いました。

「池袋モンパルナス」については、宇佐美承氏が文芸誌『すばる』に連載していたのを読んで私も初めて知ったのですが(同氏の『池袋モンパルナス』は現在、集英社文庫に収録)、その芸術家達御用達であった芳林堂も今はなく、また、サンカ小説で有名な作家・三角寛(大分県直入郡出身)がはじめた文芸座も実質的になくなり、今や池袋中華街構想に象徴されるように、中国人とムスリムの聖地と化したような西口に、「池袋モンパルナス」をコンセプトにもってくるなど、「いい根性しているな」と思いました。(西口の商店街が反対しなかったのは、中華街構想よりまだこっちの方がマシだという消去法だったのかもしれません)

もっとも、エチカ池袋は全面オープンではなく、今秋、さらに「アートの薫りがするゾーン」「ESPACE ART」がオープン、同時に地上9階地下3階のテナントビル・池袋12番街区ビル(仮称)も完成予定だそうです。しかし、西口には既に東武百貨店の隣にメトロポリタンプラザもありますし、埼玉都民ならずとも「ホントに大丈夫なの?」と言いたくなりますね。毎日乗継ぎでいろんなものを見ている埼玉都民の感覚は意外と鋭いですよ。あなどるなかれ。

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2009.04.02 Thu l l top ▲
メタボポスター

一日1万5千歩を歩くように心がけて、もう半年以上が経ちますが、最近、やっとその効果が表れてきました。今までのダイエットは、要するに食べるものを食べなかっただけなので、いったん痩せてもすぐリバウンドしていました。それで、今回は食べることは二の次にしてひたすら歩くことを心がけました。とは言っても、やはり、自然と食べることにも気を付けるようになり、間食はしなくなりました。その結果、7キロ体重が減ったのです。人から「最近、痩せたんじゃないですか?」と言われて、体重をはかったら思いのほか減っていたという感じです。

あと2キロ減量すれば目標達成なので、もう少しですね。問題はかつてのようにリバウンドをくり返さないことです。そのためには、今の生活をつづけるしかありません。歩くことに関しては、たとえば、時間があれば隣の駅まで歩きますし、帰りも隣の駅で降りて歩いて帰ったりしています。

横浜にお住まいの方ならわかると思いますが、みなとみらいでも関内でも伊勢佐木町でも元町でも、横浜駅で降りて、あとはひたすら歩いて行くようにしています。都内でもひと駅くらいは歩きます。散歩もしていますが、散歩だけだとやはり「散歩しなければ」という義務感が伴いますので、普段の生活でなるべく歩くように心がけています。

今まで少しきつかったズボンがゆるく感じられたりするのは気持のいいものです。そう思うと、心なしか身体も軽くなったような気がしますね。やはりダイエットを実践した岡田斗司夫さんに『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)という本がありますが、私は「いつまでもメタボと思うなよ」と言いたい気持です。

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2009.03.29 Sun l 健康 l top ▲
親鸞上人

昨日、有楽町の東京国際フォーラムで行われた「親鸞フォーラム―親鸞仏教が開く世界」(真宗大谷派・朝日新聞主催)に行きました。私は、若い頃、やはり真宗大谷派の若い僧侶達が催す集まりに何度か出かけたことがありますが、なんだか当時の思いがよみがえってきた気がしました。

今でも『歎異抄』の一部をそらんじているくらい、若い頃は何かにつけ『歎異抄』を読み返していました。親しい友人に言わせれば、私はもともと「人間嫌い」の傾向があるそうですが、当時も、人間というのはどうしてこんなに汚たなくてえげつないんだろうというような人間不信の念に陥っていたように思います。もとより自分自身に対してもそうでした。

そんな中で、「わがこ々ろのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし」(第十三章)というような『歎異抄』の言葉に惹かれたのでした。私は”因果業報”という言い方が好きなのですが、親鸞を読むうちに、”業”あるいは”宿業”ということをよく考えました。

当時、親鸞の思想に新しい光を与えたと言われた吉本隆明さんの『最後の親鸞』(春秋社)を久しぶりに開いたら、次のような箇所に赤線が引かれていました。

人が勝手に解釈できるようにみえるのは、ただかれが観念的に行為しているときだけだ。ほんとうの観念と生身とをあげて行為するところでは、世界はただ<不可避>の一本道しかない。その道を辛うじてたどるのである。このことを洞察しえたところに、親鸞の<契機>(「業縁」)は成立しているようにみえる。


若い頃の切実な思いが垣間見えるようですが、要するに、”業”あるいは”宿業”というのは、単なる宿命論ではないということですね。人間というのは、知識や経験など自分のもっているものを総動員しても、、もうどうすることもできない、どうにもならないときがあります。そして、結果的に、そうせざるをえない(そうせざえるをえなかった)、そうならざるをえない(そうならざるをえなかった)ということがあります。人間という存在の根底には、そういったいわば”無明の闇”がひろがっており、それを”業”あるいは”宿業”というのではないでしょうか。

だから、親鸞は『歎異抄』の第一章で、かの悪人正機説の前段として、「念仏もうさんとおもいたつこ々ろのおこるとき、すなはち摂取不捨の利益にあずかりしめたまふなり」と言ったのでしょう。念仏を唱えることが大事なのではなく、念仏を唱えようという心(気持)こそが大事で、しかも、それだけで充分なのだ、と言うのです。

むしろ若い頃より今の方が人間不信の念は強くなっているかもしれませんが、しかし、最近は『歎異抄』を開くこともとんとなくなりました。でも、最後は『歎異抄』さえあればなんとか生きていけるような気がしますね。いづれもう一度若い頃のようにくり返しくり返し『歎異抄』を読むときが来るのではないでしょうか。そんな気がします。

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2009.03.22 Sun l 日常・その他 l top ▲
新港埠頭の船

別に「海を見ていた午後」を気取ったわけではありませんが、新港埠頭で港を行きかう船を見ていたら、何故かふと、ゴールデン・カップスデイヴ平尾さんが昨年亡くなったことを思い出しました。ゴールデン・カップスについては、(以前に紹介しましたが)山崎洋子さんの『天使はブルースを歌う』(毎日新聞社)に詳しく書かれていますし、また、同書の中でも長編小説『ハートに火をつけて!』が取り上げられていますが、鈴木いづみさんもゴールデン・カップスのファンでした。小説だけでなくエッセイなどでもよくカップスのことを書いていたのを読んだ覚えがあります。

本牧の米軍住宅が返還されたのが1982年だそうですが、戦後の横浜はアメリカの占領地としての側面もあったのです。そして、そんなアメリカ文化の影響を直に受けて育った横浜の少年達。その代表としてゴールデン・カップスがいたのでしょう。「長い髪の少女」はゴールデン・カップスのヒット曲として有名ですが、彼らは普段のステージではこの曲を歌わなかったそうです。「長い髪の少女」はあくまでテレビ用の歌で、自分達が歌いたい歌ではないからというのがその理由でした。

そういった先進的な音楽性は、当時のグループ・サウンズにも影響を与えたようで、新山下のタイクーンで行われた追悼ライブには、沢田研二さんや岸部一徳さんやギタリストのCharなども駆けつけたそうです。そこには私達が知らないもうひとつ別の横浜の顔があるように思いました。

今年の元日の朝日新聞・神奈川版に、「還暦ジュリーは止まらない〜横浜に20年」というインタビュー記事が出ていました。沢田研二さんが横浜に住むようになったのもデイヴ平尾さんからすすめられたからだそうです。沢田さんは、その中で、横浜について次のように語っていました。

■人情深い街で空が広い■

東京にいたころ、「本牧にすごいバンドがいる」って聞いて、テレビ出演の後、車を飛ばして見に行きました。
それがザ・ゴールデン・カップス。彼らはお客さんとすぐ近い所にいて、メンバーの1人はアンプの上に腰掛けながらやってた。「何なのこれ。カッコええ」って思いましたね。
カップスのデイヴ平尾さんらに「ジュリー、横浜に住めばいいじゃん」「みんなジュリーのこと大好きだしさ」とか言われて。そうやって住むようになって20年くらいになります。
横浜に暮らして思うのは、人情深い街で、空が広いなあ、ってこと。
最近、よく歩くようになって、発見も多いんです。谷戸坂からマリンタワーが一番よく見えるってことに気づきました。
地元では買い物にも行きますよ。本牧のつるかめランドからイトーヨーカドー、それからグルッペ本牧−−。
ニューグランドのバーにもよく行きました。ダイスのうまい名物バーテンダーがいてね、サイコロ高く積み上げる技を何度も見せてもらいました。
横浜の歌もたくさん作ったなあ。ランドマークタワーとか、本牧ふ頭とかが歌詞に出てくる。本牧ふ頭あたりからは昔はしょっちゅう霧が出てたけど、最近は気候が変わったのかなあ。本牧通りを上がってくると、夜空に映える独特なハーバーライトのオレンジ色が見えるんですよね。
伊勢佐木、野毛、馬車道、長者町通り……。何回歩いても、よくわからないごちゃごちゃした通りって好きなんです。中華街もまだ隅々行けてない。

大みそかの夜はいつも、日付が変わる瞬間に「はい」って家の窓を開けるんです。中華街の爆竹の音、港の汽笛の音、近くの寺のちょっと高い鐘の音……。みんな聞こえてくる。遠くには八景島の花火も見えます。
もうどこに引っ越そうって思わない。横浜ですね。横浜でお墓を探さないとなあ、なんて思ってます。
(朝日新聞・2009年1月1日)


ハマっ子が聞いたら涙がちょちょぎれるような話かもしれませんが、俄か市民の私には、正直言って、こういった横浜の魅力が充分わかっているとは言い難く、まだよそ者の意識で横浜を見ているところがあります。やはり、横浜というのは一歩踏み込んで中に入り、時間をかけないとわからないところがあるのかもしれません。少なくともみなとみらいのようなイメージで見ていたら、見えるものも見えなくなるような気がします。それが東京と違うところですね。

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2009.03.14 Sat l 横浜 l top ▲
KISS.jpg


 恋愛は人間永遠の問題だ。人間ある限り、その人生のおそらく最も主要なるものが恋愛なのだろうと私は思う。


これは、坂口安吾の「恋愛論」(『堕落論』所収)の一節ですが、たしかに今までの人生をふり返ってみるに、恋愛はいちばんと言ってもいいくらい大きな出来事(思い出)として残っています。

安吾は、「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸なものだ」と書いていますが、私もいつの間にかその「大人の心」を持つ年齢になってしまいました。だからこそ、若い人達には大いに恋をして大いに失恋し大いに泣いた方がいいと言いたいのです。最近は傷つくのが怖くて恋愛をしない若者が多いそうですが、そんな歪んだナルシシズムを抱えたまま大人になっていくというのは逆に怖いなと思います。

寝ても覚めても好きな人のことを考える、そんな体験は長い人生でもそうそうあるものではありません。一方で、人を好きになればなるほどより孤独になっていく自分がいます。それは、人を好きになることが同時に自分と向き合うことでもあるからでしょう。

そして、そんな自分の目に映っているのは、今までの自分ではない自分です。人を好きになることによって新しい自分を発見することがあるのです。ときに、どうして自分はこんな人間なんだろうと悩むこともあります。そうやって自分という存在を激しく揺さぶられることがあります。それらは、歪んだナルシシズムとは対極にあるものです。

孤独は、人のふるさとだ。恋愛は、人生の花であります。いかに退屈であろうとも、このほかに花はない。


人を好きになることはせつないしつらいし苦しいし、ときに哀しいものでもありますが、人生においてこんな(人間として)直截且つ原初的な体験を一度にすることは恋愛をおいて他にありません。大いに恋をすべしですね。

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2009.03.11 Wed l 日常・その他 l top ▲
ユーミン

人間というのは年を取るとやたら過去ばかり振り返るようになります。音楽を聴く場合も、どうしても過去の歌ばかりを聴いて思い出に浸るようになるものです。

先日たまたま用事で根岸に行った際、「ドルフィン」の前を通ったのですが、それ以来、ユーミンの歌を聴いています。「ドルフィン」はご存知ユーミンの「海を見ていた午後」で”山手のドルフィン”と歌われているあまりに有名なレストランですが、若気の至りと言うべきか、私も昔、ユーミンファンのガールフレンドと食事に行ったことがありました。当時と建物が変わっていましたが、今も健在なのはやはりユーミンのおかげかもしれませんね。むしろ、ユーミンファンも既に中高年になり金銭的に余裕が出てきたので、昔より客単価はあがっているのかもしれないと、ついよけいなことまで考えてしまいました。

私は、ユーミンの歌ではこの「海を見ていた午後」と「ひこうき雲」と「雨の街を」が好きです。特に、マーケティングやタイアップと無縁だった(?)荒井由実時代の初期にいい歌が多いなと思います。彼女は八王子生まれで学校も多摩美ですが、なんとなくユーミンと横浜はイメージで重なるものがありますね。もっとも、横浜や湘南を連想させるような海を歌った作品が多いし、自身の結婚式も山手教会で披露宴はニューグランドホテルでしたので、横浜に対して特別な思い入れがあったのかもしれません。

ユーミンの歌は同じ抒情でも日本人特有のベタっとしたものではなく、異邦人の目で見たようなどこか乾いた客観的なところがあるように思います。それが、舞台装置もさることながら、「都会的だ」と言われる所以でもあるのではないでしょうか。また、ユーミンの歌には”生活感”がないとよく言われますが、高度成長が完結し大衆消費社会が出現した「豊かな時代」では”生活感”が後景に退くのは当然で、そういった意味でも、70年代から80年代の若者達の時代感覚をポップなメロディに乗せて描出した彼女は、やはり、天才だったと言うべきでしょう。

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2009.02.27 Fri l 文化・芸能 l top ▲
また憂鬱な季節がはじまりました。私の場合、今年は目からはじまった感じです。目玉を取り出して洗いたくなるほど痒くてたまりません。同病相哀れむ知人は鼻水に悩ませられていると言ってましたので、人によって違うようです。

既に目薬を3つも買って試していますが、どれも気休め程度の効果しかありません。飲み薬だとたしかに症状が改善されますが、しかし、その前に我慢できないくらい眠くなるので、ほとんど睡眠薬代わりにしか使えないのです。

ちなみに、花粉症市場は1500億円で、その中で市販薬の売上は約400億円だそうです。マスクだけでも100億円市場に拡大しているのだとか。(http://ocnspecial.blogzine.jp/weekly/2006/03/post_f518.html

そう言えば、知人も「高いよ」と嘆いていましたが、最近はマスクも高機能をうたい文句に値段の高いものが多くなりました。なんだか足元を見られているような気がしないでもありません。私は60枚入りで480円だとかいうような使い捨ての不織布マスクを使用していますが、ドラッグストアの店頭にあるのは値段の高い高機能のマスクばかりです。駅前のドラッグストアで、店員に「安い箱入りのマスクはないのですか?」と訊いたところ、「あぁ〜」と言われて、店の奥の陳列棚に案内されました。一番下段の文字通り隅の方にぽつんと置かれ肩身が狭そうでした。

ところで、2月23日のヤフートピックスで紹介されていた医療介護CBニュース配信の記事によれば、理研(理化学研究所)横浜研究所の谷口克センター長(免疫・アレルギー科学総合研究センター)は、日本製薬工業協会が主催する「製薬協プレスツアー」の講演で、「花粉症などのアレルギー性疾患は文明病であり、人間が物質文明を追求したために生じた免疫機能失調症だ」と指摘、「子どもを花粉症にしないための9か条」として以下の項目をあげたそうです。

▽生後早期にBCGを接種させる▽幼児期からヨーグルトなど乳酸菌飲食物を摂取させる▽小児期にはなるべく抗生物質を使わない▽猫、犬を家の中で飼育する▽早期に託児所などに預け、細菌感染の機会を増やす▽適度に不衛生な環境を維持する▽狭い家で、子だくさんの状態で育てる▽農家で育てる▽手や顔を洗う回数を少なくする


子どもの頃からなるべく細菌に感染させることで逆に免疫機能を高めるという発想は、文字通り目から鱗が落ちる気がしますね。多田富雄さんの『免疫の意味論』(青土社)を思い出しました。

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2009.02.23 Mon l 健康 l top ▲
文藝春秋2009年3月号

村上春樹のイスラエルの文学賞・エルサレム賞の受賞スピーチに対して、ある高名なブロガーが「日本人の誇りだ」などと絶賛していましたが、村上春樹というと、皆さん、どうしてそんなに有難がるのでしょうか。今や村上春樹は裸の王様になったような感さえあります。

「壁」と「卵」という喩えも、いつものことながら、思わず吹き出してしまいそうなレベルのものでしかありませんが、そういった声はほとんど聞かれません。邦訳された受賞スピーチ(記念講演)の全文をいくつか読みましたが、天の邪鬼な私にはやはり、”カマトト”や”弁解”という言葉しか浮かびませんでした。まあ、それが村上ワールドだと言われればたしかにそうなのですが‥‥。

さて、『文藝春秋』(3月号)に掲載されていた第140回芥川賞受賞作・津村記久子氏の「ポストライムの舟」を読みました。ポストライムというのはどんな植物なんだろうと思って、ネットで検索したのですが、なかなか出てきませんでした。そして、やっと見つけたのが下記のブログです。

http://plaza.rakuten.co.jp/12140716/diary/?ctgy=2

私は「ポストライムの舟」のような小説は好きです。奈良の築50年の実家で母親と二人暮らしの主人公・ナガセは、ある日、契約社員として働いている工場の休憩室で、NGOが主催する世界一周旅行のポスターに目が止まり、突然、その費用163万円を貯めようと決意するのでした。それは手取り13万8千円の彼女の給料のほぼ1年分の金額でした。

 生きるために薄給を稼いで、小銭で生命を維持している。そうでありながら、工場でのすべての時間を、世界一周という行為に換金することもできる。ナガセは首を傾げながら、自分の生活に一石を投じるものが、世界一周であるような気分になってきていた。


砂を噛むような味気ない毎日、そんな毎日を生きるせつなさとやり切れなさ、そこに「一石を投じる」ことで、何かが変わるような気がするのは私達も経験することです。生きるということはそういうことなのですね。地方で暮らす30歳を前にした女性の等身大の日常を通して、そういった人生の断面を見事に描いていると思いました。

 日本がもしコミュニストの国になったら(それは当然ありうることだ)、僕はもはや決して詩を書かず、遠い田舎の町工場の労働者となって、言葉すくなに鉄を打とう。働くことの好きな、しゃべることのきらいな人間として、火を入れ、鉄を灼き、だまって死んで行こう。


これは、石原吉郎さんの1960年8月6日の「ノート」に記されていた文章ですが、少なくとも戦後の文学はこういった視点から出発したはずなのです。そして、こういった日常こそがなによりも価値があるのだということを私達も既に知っているはずです。選評で、山田詠美が「『蟹工船』より、こっちでしょう」と書いていましたが、私もそう思いました。

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2009.02.17 Tue l 文化・芸能 l top ▲
町田001

かつて業界では、柏(千葉県)と大宮(埼玉県)と町田(東京都)が東京近郊で最も元気のある街だと言われていました。たしかに、夕方に行くと、駅前の商店街などは都心の繁華街に負けないくらい大変な活気がありびっくりさせられます。後年、そのネタ元がアクロスであったことを知りましたが、要するに、都心へ向かう買い物客をそれらの街が途中で堰きとめていると言いたかったのかもしれません。

後述の『新・都市論TOKYO』でも紹介されていましたが、町田を舞台にした三浦しをんさんの小説『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)で描かれているように、町田には「スーパーもデパートも商店街も映画館も、なんでもある」のです。私も「若者達のジモト(地元)志向」なんていう言葉を耳にすると、必ず町田を連想します。もっとも、私の場合は、かつて同じ会社に勤めていた女の子から、学生時代はいつも厚木のベースのアメリカ兵と町田で遊んでいたという話を聞いたことがあり、そのイメージが未だに残っているからかもしれません。ちなみに、彼女は小田急線沿線の新興住宅街に住んでいて、幼稚園から大学まで玉川学園に通っていた典型的な東京近郊のプチブル家庭の子でしたが、今にして思えば、町田という街を考える上で格好のサンプルになるような女の子だったように思います。

建築家の隅研吾氏は、清野由美氏との対談集『新・都市論TOKYO』(集英社新書)の中で、町田について、次のように書いていました。

町田にはどこからか染み出てきたような、あか抜けしない泥臭さのようなもの―それをリアリティと呼んでもいいだろう―が、私鉄的なフィクションの隙間から顔を出し、流れんばかりの勢いで、街全体を覆っている。


今回、私は初めて横浜線で行きましたが、新横浜からわずか7つ目なのに、町田が近づくにつれ車内の様子が変わってくるのが不思議でした。短髪でやや剃りこみを入れたようなチンピラっぽい若者や電車の床に座り込む高校生のグループなどが目に付くようになりました。そして、これが「私鉄的なフィクション」に対するJR的な「リアリティ」なのかと思ったものです。

隅氏は対談の中で、町田には「”都市”が噴出している」と言ってましたが、しかし、その”都市”はどこかにひらかれているわけではなく、「文化と人間が流れつく最果ての場所」(『まほろ駅前多田便利軒』)なのです。同じ”都市”に生きるさみしさでも、町田のそれはどんづまりのさみしさがあるのではないでしょうか。それが、都市化した郊外の街がときに凶悪な犯罪の舞台になる背景でもあるように思います。

可視的である(なんでもわかっている)というのは、”俺様主義”の今時の若者には楽で居心地がいいのかもしれませんが、しかし、自分の人生に少しでも謙虚に向き合おうとするようなナイーブな人達には、やはり、このどんづまりのさみしさは耐えられないのではないでしょうか。駅ビルからつづく通路の上から、「なんでもある」駅前の通りを眺めながら、そんなことを考えました。

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2009.02.14 Sat l l top ▲
石原吉郎

「夜がやって来る」

駱駝のような足が
あるいて行く夕暮れがさびしくないか
のっそりとあがりこんで来る夜が
いやらしくないか
たしかめもせずにその時刻に
なることに耐えられるか
階段のようにおりて
行くだけの夜に耐えられるか
潮にひきのこされる
ようにひとり休息へ
のこされるのがおそろしくないか
約束を信じながら 信じた
約束のとおりになることが
いたましくないか


これは私が好きな石原吉郎さんの「夜がやって来る」という詩ですが、ときどき石原さんの詩を無性に読みたくなるときがあります。8年に及ぶシベリア抑留生活での過酷な労働と飢えから生還した詩人の、絶望の淵から生まれた言葉の数々は、私達の弛緩した日常を激しく揺り動かさずにはおれません。まさに現在(いま)は断念の果てにあるのだという、人生の実相を実感させられる気がします。

もっとも、私が石原吉郎さんを知ったのは詩ではなく散文(エッセイ)によってでした。今でも鮮明に覚えていますが、大学受験に失敗して東京の予備校に通うべく九州から上京して間もなく、渋谷の大盛堂書店で『望郷と海』(筑摩書房)という本を初めて手にとり、その中に収録されていた「ペシミストの勇気について」という文章に衝撃を受けて、石原吉郎という詩人に興味を持ったのでした。

「絶望の虚妄なることまさに希望に相同じい」というのは魯迅の『野草』の中の言葉ですが、文学というのは本来そうやって絶望を見据えた中から生まれるものではないでしょうか。だからこそ言葉が私達の胸を打つのだと思います。

絶望の果てに見たものはなにか、「世界がほろびる日に」はそれを詩人の言葉で語っているように思います。石原さんは、8年間の抑留期間中、「事実上失語状態に近い経験」をしたと書いていましたが、そこにはもはや「失語」の一歩手前のような平易な言葉しかないのです。

「世界がほろびる日に」

世界がほろびる日に
かぜをひくな
ビールスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に掛けておけ


折しも「梶ピエールの備忘録」という大学教員の方のブログを読んでいたら、『差別とハンセン病−「柊の垣根」は今も』(平凡社新書)の著者で信濃毎日新聞記者の畑野史代さんが、同紙に石原吉郎さんに関する記事を長期連載されていたことを知りました(長野からのメッセージ)。どんな石原吉郎像が描かれているのか、私も単行本化されることを楽しみにしています。

>>隣人

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2009.02.03 Tue l 文化・芸能 l top ▲
Lacoste クリストフ・ルメール
   Lacoste  クリストフ・ルメール

私はもう20年渋谷に通っていますが、最初、目いっぱいおしゃれして楽しげに通りを闊歩している若い女の子達を見たとき、ふと、田舎にいた頃に顔見知りだった女の子達のことを思い出しました。彼女達はこうして街を歩く楽しさを知らないわけで、そう考えるとなんだかかわいそうに思えたのです。

東京にはこうやっていろんな街を歩く楽しさがあります。渋谷にも代官山にも下北沢にも原宿にも自由ヶ丘にも、それぞれ街にはいろんな表情がありいろんな人がいるのです。それは、毎日車で家と職場を行き来するだけで、たまに国道沿いのジャスコに寄って買物をするというような地方の生活では味わうことのできない楽しさです。

そして、街を歩く楽しさに付随しているのがおしゃれをする楽しさです。おしゃれをするというのは、単に経済的な意味だけにとどまらず、存在として解放されている、それだけ自由であるということではないでしょうか。ロラン・バルトは『モードの体系』(みすず書房)で、「モードは、人間の意識にとってもっとも重大な主題(《私は誰か?》)と『遊んで』いるのだ」と書いていましたが、おしゃれをするというのは、「どれだけ自由か」が試されていると言えるのかもしれません。

鷲田清一さんは『ちぐはぐな身体−ファッションって何?』(ちくま新書)の中で、ファッションのはじまり(本質)は「着くずす」ことにあると書いていました。

ファッションというのは、既定の何かを外すことであり、ずらすことであり、くずすことであり、つまりは、共同生活の軸とでも呼べるいろんな基準や規範から一貫して外れているその感覚のことだ(略)


普段、街中で何気なく見過ごしている若者達のファッションも、たとえば、アクロスの定点観測や日本ファッション協会のスタイルアリーナなどであらためて見ると、それぞれの「自由の許容度」がうかがえて面白いなと思います。ファッションに「自分」とか「人生」とかに対する向き合い方が出ていて、ファッションにはそういった思想性があるのだということがよくわかりますね。ちなみに、この二つのストリートファッションの写真を見ると、やはり、アクロスの方がレベルが高いように思いました。

それにつけても、横浜ではこれみよがしに有名ブランドで身を固めた子は多いけど、自由におしゃれを楽しんでいるような女の子に出会うのは非常に稀です。それは、やはり、ジモト(地元)意識に見られるような「自分」や「人生」に対する緊張感のなさから来ているのかもしれません。単に街に刺激があるかどうかの問題だけではないような気がします。

私のようなきわめて保守的な人間から見ても、おしゃれをして街を闊歩している女の子達は無条件にいいな〜と思いますね。少なくとも、宮台真司氏が言うように、ネットに引きこもり、ひがみ・妬み・嫉みでしか自分を合理化できないヘタレな男の子達に比べれば、はるかに溌剌と自分の足で時代を生きているという気がします。ときには壁にぶつかることがあっても、“希望”というのはそういった前向きな姿勢の中から生まれるものではないでしょうか。

どこをめくってもアンバランスばかり目に入ってくるぼくらの存在、それへの感受性が<衣服>という支えを呼び込むのだけど、衣服はそのアンバランスを裏返し、ぼくらの小さな<自由>に変えてくれる。その自由とは、時代が陰に陽に強いてくるあるスタイルに閉じ込め抗って、「こんなのじゃない、こんなのじゃない」とつぶやきながら、たえずじぶんの表面を取っ換え引っ換えする、あのファッション感覚のことだ。それは、人生の「はずれ」を「はずし」へと裏返す感覚だ。
(『ちぐはぐな身体−ファッションって何?』)


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2009.01.19 Mon l 文化・芸能 l top ▲
2009年初日の出

写真は出先の横浜某所で邂逅した初日の出を携帯で撮ったものです。

ところで、この正月休みは買物ばかりしていました。全てが無駄使いというわけではありませんが、だからといって必要にせまられて買ったわけでもありません。靴下一足でも新しいのを買うと、明日それをはいて行くのが楽しみでなんとなく心がウキウキするものですが、それに近いものがあります。もしかしたら、こんな自由気ままな生活でも知らず知らずのうちにストレスがたまっているのかもしれません。

年末から正月にかけて買ったのは、ワイドの液晶モニター・レーザープリンタ・クラークスの靴・ラルフローレンのマフラー・帆布のバッグなどです。いづれもネットで買いました。

ネットで買物する場合、価格比較サイトなどを利用して1円でも安いショップを探すのがいつの間にか習慣になっていますが、ショップの側から見れば、そういった価格圧力に常にさらされるのがネットの宿命であると言えるのかもしれません。その結果、多くのショップはただ価格を比較されるためにだけ存在しているような感じさえ受けます。しかし、そうやって価格を比較されるために存在することが、まずネットで認知される最低限の条件でもあるのです。検索順位で下位にあるサイトは価格を比較されることさえないのですから。

もっとも、今回私が買ったような商品に関しては、楽天やヤフーなどのショッピングモールに出店することがもはや必須のような状況になっています。これらのカテゴリーの商品は、検索順位の上位も大手のショッピングモールのページで占められていますし、アドワーズやオーバーチュアなど検索連動型広告も競合が多いため単価が非常に高くなっているからです。

私も今回の買物の中で、ショッピングモールや検索連動型広告を経由せずに買ったのは、帆布のバックだけでした。もう既にそこまでネットがシステム化・秩序化されているということなのでしょう。こういった状況は従来の手法によるSEOは終わった(ほとんど意味がなくなった)と言ってもよく、フリーマーケット感覚の“アマチュアリズム”が通用するはずがないのは自明ですね。ただ、個人的には、(弱小のネットショップがもっと奮起するためには)”アマチュアリズム”が通用しなくなったのは必ずしも悪いことではないように思います。むしろ商売では当たり前のことだと考えるべきではないでしょうか。

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2009.01.08 Thu l ネット l top ▲
別にがんばったわけではないけれど、自分へのプレゼントとしてハリスツイードのジャケットを作ることにしました。3ボタン段がえり、袖ボタンは2個、チェンジポケット、フックベントと細部にまで徹底的にアメリカンドラッドにこだわりました。

前にも同じようなオーダーメイドのジャケットを持っていたのですが、やはりいいものは長く持つので10年近く着ていました。最近、安物買いの銭失いのような買い物ばかりしていましたので、昔を思い出して奮発した次第です。

ところで、私は身長が186センチもあるので洋服を買うのにいつも苦労させられます。特にジャケット(ブレザー)なんてほとんどないに等しいくらいです。今回もネットをくまなく探しましたが、アメリカサイズのエディバウアーとLLビーンくらいしかありませんでした。横に大きい3Lとか4Lとかいった商品はいわゆる「ビックサイズ」をウリにしているショップなどにありますが、それらはホンジャマカの石塚英彦や松村邦洋のような横に広い体形を対象にしていて、縦に長いサイズとなると皆無だと言ってもいいくらいです。要するに、ネットショップは掃いて捨てるほどありますが、どこも一般的な似たような商品ばかりなのです。

そんな中で、買物はしなかったのですが、あるショップが目に止まりました。サイトのトップページに貼られていた「NHKで紹介されました」という動画では、そのショップが「ネットに活路を見出し売上げを伸ばしている店舗」としてNHKのニュースに取り上げられた映像が紹介されていました。それを見ると、ショップの母体はおせいじにも活気があるようには見えない地方都市の商店街に店を構える紳士服店で、ご多分にもれずファスト風土化(郊外化)によって売上げが減ったため、6年前に起死回生を狙ってネットショップを開設したのだそうです。

オーナーの話では、ネットを開設してしばらくすると、同じ服でも大きなサイズを求めているお客さんが多いことに気付いて、大きなサイズを揃えることに力を入れた結果、売上げが飛躍的に伸びたということでした。たしかに、実店舗で周辺の限られた地域の顧客だけを対象にしていると、どうしても需要の多いレギュラーサイズの商品を主力にせざるを得ませんが、ネットのように地域が限定されなければ、いわばロングテールの商品とも言うべき大きなサイズでも商売が成り立つし、またそれが店の特徴にもなり逆に顧客を呼ぶことができるのですね。

実際に品揃えを見ると、ただサイズが大きいだけでなく、レギュラーサイズと同じようにリーズナブルで洗練されたデザインのものを揃えており、商品開発の努力が伺えます。ただ漫然とネットショップを運営するのではなく、顧客の志向を見つけ、そのために努力をしているのがよくわかります。オーナーは、「ネットでは商品が豊富・価格が安いというのは当たり前で、(競争に打ち勝つには)商品力が大事です」と言ってましたが、文字通りそれを実践しているように思いました。

私は、そういった姿勢の背景には、やはり、それまで実店舗で商売をしてきた経験があるからではないかと思いました。私の知人は、ネットショップを見ていると実際に商売の経験があるかどうかわかるよと言ってましたが、たしかに、経験が土台になっているからこそ顧客の志向をキャッチする感性も磨かれていたのでしょうし、そのために商品を揃えるという不断の努力も可能だったのではないでしょうか。だから、オーナーが言うように「ネットが救世主になった」のでしょう。本来、ネットというのはそういうものではないかと思います。

Web2.0の呪縛から解放され”アマチュアリズム”と”無料経済”が幻想だったということがはっきりしつつある現在、ネットショップも今まで以上にきびしい淘汰の波にさらされるのは間違いありません。そんな中で、「実店舗で商売がうまくいかなかったので起死回生を狙ってネットで勝負する」というのはよくある話で、ともすれば「単純で後ろ向きな発想」だと思われがちですが、しかし、まったくチャンスがないわけではないと思います。要は、にがい経験も含めて今までの経験をどう生かすか(どれだけ経験を対象化できているか)ではないでしょうか。もちろん、モノマネではお話になりませんが‥‥。

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2008.12.30 Tue l ネット l top ▲
フォーク・ソング〜歌姫抒情歌

24日に発売された中森明菜の「フォーク・ソング〜歌姫抒情歌」は、まさに“歌姫”と言われるにふさわしいアルバムだと思いました。収められているのはおなじみのフォークの名曲ですが、彼女特有のやや突き放すような淡白な歌い方によってオリジナルとは違った抒情的な世界が表現され、中森明菜は他人の曲をカバーするとピカイチだという世評を再認識させられました。

彼女の歌を聴いていると、脈絡もなく忘れていた昔の風景が思い出されました。新宿の路地、六本木の裏道、飯田橋の坂道、品川駅の跨線橋。何故かいづれも夕暮れの風景で、それらの風景の中に佇んでいるのは若い頃の自分です。そして、それらはまぎれもなく私の人生の風景なのだということに気付かされました。

それにしても、この全曲に漂う孤独感はなんなのでしょうか。人生はやっぱりひとりなんだよと言われているような気がします。「雨の物語」を聴いていたらたまらず涙があふれそうになりました。

身すぎ世すぎのためとは言え、最近、パチスロのCR機のキャラクターに使われている中森明菜はさみしいものがありますが、歌手としての中森明菜が一級品であることはたしかです。年を重ね人生の半ばをすぎると、いっそう中森明菜のすごさがわかるのではないでしょうか。

中森明菜はある意味でイタコのようなものかもしれないと思うときがあります。「山口百恵は菩薩である」と言ったのは平岡正明氏ですが、いい歌い手というのはその存在自体が宗教的なのかもしれませんね。ただ、ウォーホールを真似た初回盤のジャケットは、個人的にはちょっといただけませんでした。

>>宇多田ヒカル賛
>>松田聖子という存在

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2008.12.26 Fri l 文化・芸能 l top ▲
渋谷1092008年12月

写真は今年の渋谷109のクリスマスです。

渋谷や原宿を歩いていると、クリスマスが年々さみしくなっているのを痛感します。地元の商店主達の口から出るのも悲観的な話ばかりです。駅前が再開発されるまで当分はこの状態をしのぐしかないのかもしれませんが、少なくとも渋谷や原宿が地域間競争で後塵を拝しているのはたしかな気がします。それは、長年の悲願であるにもかかわらず、未だ“若者の街”から脱皮できないからでしょう。

渋谷駅2008年12月

一方で、若者達が置かれている状況も益々悪くなるばかりです。“派遣切り”などと言われる大手企業による非正規労働者の雇用調整が広がっていますが、なんだか秋葉原事件の犯人が提起した問題がここにきて一気に表面化してきた気がします。厚労省の調査では来年3月までに約3万人の非正規労働者が失業する見通しだそうですが、労働団体には10万単位の労働者が失業するのではないかという悲観的な見方さえあるようです。

「ロストジェネレーション=失われた世代」? ざけんじゃねえ! 「失われた」んじゃねえ。「われわれ」が生きていくために必要なsomethingを、誰かが「奪ってきた」んだろ。全国のロスジェネ諸君! 今こそ団結せよ!


これは、今春創刊されたインディーズ系雑誌『ロスジェネ』の巻頭に掲げられている「ロスジェネ宣言」なるものですが、年の瀬に“派遣切り”で情け容赦なく路上に放り出されている多くの若者達を前にすると、既得権者から奪われたものを取り返すなんていう言説さえなんだか牧歌的に思えるほどです。

ある若者向けのショップのオーナーは、表の通りを行き交う若者達を指さしながら、「だって、彼らの多くはフリーターや派遣だからね。ものが売れないのは当たり前でしょ」と言ってましたが、その言葉が現在の渋谷や原宿の置かれている状況をよく物語っているように思いました。

それにしても、この不況で真っ先に寒風に身をさらされているのが若者と高齢者であることを考えるとき、今更のように製造業の派遣解禁や後期高齢者医療制度を導入したあの小泉改革とはなんだったのかと考えざるを得ませんね。

※追記

雇用情勢が急速に悪化する中、今年10月から来年3月までに職を失ったか、失うことが決まっている非正規労働者が約8万5000人に上ることが26日、厚生労働省の調査でわかった。
今月19日時点で把握した数値で、前回調査(11月25日時点)の約3万人に比べ、3週間余りで2・8倍に急増した。(12/26 読売新聞より)


>>秋葉原事件
>>ワーキングプア

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2008.12.22 Mon l l top ▲
シャイン・ア・ライト

今日、ららぽーと横浜のTOHOシネマで『ザ・ローリングストーンズ シャイン・ア・ライト』を観ました。『シャイン・ア・ライト』は、あの『タクシードライバー』や『ディパーテッド』のマーティン・スコセッシ監督が2006年ニューヨークのビーコン・シアターで行われたストーンズのライブの模様を撮ったドキュメンタリー映画です。映画を観ているうちに一昨年の東京ドームのコンサートを思い出しました。

カッコいい。その一語に尽きますね。こんな60代がいるなんてすごいとあらためて思いました。特にミック・ジャガーの体形にはびっくりでした。

ただ、映画の冒頭、あのクリントン夫妻や、果てはヒラリーの母親までが登場し、ストーンズのメンバーがわざわざクリントン一家を出迎えたり、ビル・クリントンがステージ上で「地球の温暖化防止のために」とかなんとか挨拶しているシーンがありましたが、正直言って興ざめでした。これも9.11以後の傾向かも知れませんが、私はストーンズのそんな姿は見たくなかったし、この手の俗流政治主義にストーンズまでが汚染されているのかと思うと、一抹のさみしさを禁じえませんでした。

平日だったということもあるのか、館内はガラガラで、観客はそれこそ数えるくらいしかいませんでした。映画自体は噂にたがわず質の高いいい映画でしたが、もはやストーンズなんて若者は見向きもしないのでしょうか。もしかしたら、今の若者達の目にはストーンズさえも食い逃げ世代たる”いい気な団塊世代”がオーバラップして映っているのかもしれませんね。

ノートパソコン

上の写真は私のノートパソコンです。ストーンズのワッペンも10数年前、商品として扱っていたことがありました。それで、手元に残っていたワッペンをこうしてパソコンのカバーに貼っています(hpのロゴと逆になっていますが、貼り方を間違えたのではありません)。

ららぽーと横浜200812

ららぽーと横浜も約1年ぶりでした。ボーナス時期だということもあるのか、平日にしては人出は多いように思いました。ただ、郊外型や土日型の店舗が曲がり角に来ていると言われている中で、テナントの店員達の手持ち無沙汰な様子がちょっと気になりました。でも、相変わらずテナントの充実度は群をぬいています。それだけにこのレベルを維持しつづけるのは大変だろうなと思いました。

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2008.12.16 Tue l 文化・芸能 l top ▲
セザンヌ主義

また身体の異変があり、病院に駆け込みました。一昨日の夜、トイレに入っていたら、急に息苦しくなり、全身から汗がタラタラ出てきたのです。たまらず着ている服を1枚1枚脱いでいったほどです。そのうち貧血を起こしたみたいに目の前が真っ白になり歩くのもままならなくなりました。横になっても息苦しくてなりません。鏡を見たら、文字通り顔面は蒼白でした。それで、ほうほうの体で病院に行き、処置をしてもらい、念のためひと晩泊まって帰ってきました。トイレや浴室で倒れたという話をよく聞きますが、そのときも「もしかしたらこのまま死ぬんじゃないか」と不安におそわれました。これで今年3度目の夜間緊急外来です。

今日はみなとみらいの横浜美術館で開催中の企画展「セザンヌ主義」に行きました。セザンヌだけでなく、「近代絵画の父」と言われるセザンヌに影響を受けたピカソ・ゴーギャン・マチス・モディリアーニ、国内では安井曾太郎・森田恒友・佐伯祐三・岸田劉生などの作品が展示されていました。セザンヌと言えば、とりわけキュビスムに多大な影響を与えたことで有名ですが、そうやっていわば”近代の風景”が発見されたわけで、「近代絵画の父」と言われるのもむべなるかなと思いました。

帰りはクリスマスのイルミネーションに彩られたみなとみらいをいつものように散歩しました。どこもかしこもカップルばかりでちょっとうんざりさせられましたが、皆さん、色とりどりの華やかな光の中で笑顔がはじけて楽しそうでした。苦悩などどこにあるのかという感じでした。


20081213みなとみらい1

20081213みなとみらい2

20081213みなとみらい3

20081213みなとみらい4

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2008.12.13 Sat l 文化・芸能 l top ▲
関内の銀杏並木

横浜の官庁街ともいうべき関内の表通りは銀杏並木で有名ですが、時間ができたのであたりを散策しました。黄色く色づいた通りを歩いていると、移ろいゆく季節の刹那さのようなものをしみじみと感じます。

最近、老人介護施設に行く機会が多いのですが、そこで出会うお年寄り達はまぎれもなく将来の自分の姿なんですね。人間というのはこうして人生の終わりを迎えるのかと切実に感じます。

お年寄りを見ていると、人生で何が大事かというのがわかる気がします。お年寄りは自分が一生懸命生きてきたということに対して、それぞれ心の中に小さな誇りを持っているのです。その小さな誇りが老後を生きる心のよすがとなっているのですね。五木寛之さんも常々言っているように、どんな人生であれどんな生き方であれ、生きてきた、生きぬいてきたという、ただそれだけでもすごいことだし立派なことだと思いますね。銀杏並木の下を歩きながらそんなことを考えました。

そのあと、本を買うために伊勢佐木町の有隣堂本店に行きました。有隣堂の真向かいの先日閉店した松坂屋のビルは白い囲いにおおわれていました。また、周辺も急に空き店舗が目立つようになり、あらためて伊勢佐木町の置かれているきびしい現実を見せつけられた気がしました。開港150周年を前にして、このようにいたるところで横浜の”記憶の積層”が消えているのは皮肉なものですね。

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2008.12.01 Mon l 横浜 l top ▲
リフィル

はやいもので、今年ももうあとひと月半を残すのみとなりました。考えてみれば、若い頃の1年は各駅停車みたいでした。中学や高校時代の3年間なんてホントに長く感じたものです。しかし、年齢とともにそれが急行になり特急になり、今や新幹線(夢の超特急!)に乗っている気分です。それこそ外の景色を眺める間もなくあっという間に通りすぎてしまいます。

今日は渋谷のロフトで来年のシステム手帳のリフィルと卓上カレンダーを買いました。システム手帳はもう20年以上も使っている年季の入ったもので、リフィルはBindexのNo.011というのをずっと使っています。

しかし、来年からシステム手帳をやめて、使い切りの手帳に変えようかと考えていました。というのも、交換したリフィルは年毎にOPPに入れて保管しているのですが、1枚1枚バラバラなのであとで見るときに不便なのです。その点、使い切りの手帳の方が便利ですから。

今日もそう思って売り場に行ったのですが、いざとなったら今までの住所録はどうするんだとか保守的な考え(前例主義!?)が頭をもたげてきて、結局新しい手帳に切り替えることができませんでした。このニッポン社会ならずとも今までの習慣を変えるというのは案外勇気のいることですね。あらためてそう思いました。

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2008.11.16 Sun l 日常・その他 l top ▲
トウキョウソナタ

恵比寿ガーデンシネマで『トウキョウソナタ』(黒沢清監督)を観ました。公式サイトによれば、カンヌ映画祭の「ある視点」部門審査員賞を受賞した作品だそうです。外国人の脚本(原案)と黒沢監督の手法が、見事とまでは言えないけど、うまくドッキングした映画だと思いました。

会社が総務部を中国に移すことになったためにリストラされた父親。しかし、リストラされたことを家族に言えず、毎朝スーツを着て出勤するふりをしホームレスと一緒に公園の炊き出しの列に並んでいる父親。やっとの思いで面接に行ったら「あなたは会社に何をしてくれますか?」「あなたは何ができますか?」と年若い面接官から詰問される父親。平和ボケした日本を飛び出し「平和を守るため」に米軍の外人部隊に入隊して中東に出兵する長男。

空疎な権威を振りかざして一家の長たらんとする父親には”昭和”が体現され、ネオリベ(新自由主義)信奉者のような若い面接官やまるで「希望は、戦争」(赤木智弘)とでも言いたげな長男には、“サブカル保守”の現代の若者達がカリカチュアライズされているように思います。また、そんな瓦解する日常をさめた目で見つめる母親には、普通に(平凡に!)生きようとしてもただ空回りするしかないこの現代社会の歪んだ姿が投影されているように思いました。

ただ、こっそりピアノを習っていた次男が演奏するドビュッシーの「月の光」を聴きながら父親が涙を流すラストシーンには、監督のインタビューにもあるように、この家族の「希望」が託されているのだと思いますが、私は、「あれっ、家族って再生するの?」と思いました。この映画でも唯一リアルだったのは小泉今日子演じる母親の存在ですが、もはや家族は母親によって仮構されるだけでしょう。

この暴走する現実に対して、「家族が大事」というだけでホントに大丈夫なのでしょうか。もうそれしかないのかと思ってしまいます。個人的に「家族が大事」という気持はわからないでもありませんが、この現実を生き抜くバックボーンとしてはいささか心もとない気がしました。強盗に拉致された母親の「私達はやり直せるんだろうか」という台詞がむなしく聞こえたのはそのせいかもしれません。

恵比寿ガーデンプレイス20081111

映画を観終えて、クリスマスのイルミネーションに彩られたガーデンプレイスの中を歩いていたら、無性に哀しくなりました。それは映画のせいではなく、最近、個人的にやりきれない出来事があったばかりだからです。それだけによけいこの映画のラストシーンに違和感を抱いたのかもしれません。

>>『歩いても 歩いても』

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2008.11.11 Tue l 文化・芸能 l top ▲
私という病

中村うさぎの『私という病』(新潮文庫)は、伏見憲明氏が「解説」で指摘しているように、かの田中美津の『いのちの女たちへ』(河出文庫)にも通じるようなすぐれたフェミニズムの本だと思いました。

雑誌の企画によって、「叶恭子」の源氏名で新宿歌舞伎町でデルヘル嬢として働いた体験を通して、中村うさぎは、“女である私”ととことん向き合い、みずからの中にぬきがたくある「自己嫌悪と女性嫌悪(自分の中の『女性性』に対する嫌悪、という意味で)の本質」を彼女一流の飄々とした言い回しで描き出していました。

 私は、女たちが好きだ。たったひとりで頑張って働く女も、主婦という孤独な立場で必死に踏ん張っている女も、道に迷ってへたれ込み絶望している女も、泳ぎ続けてないと死んでしまう魚みたいに暴走し続ける女も、すべての女が私だから。


そして、そんな女であることの迷宮の極北に位置するのが、ほかならぬ東電OLの存在なのです。中村うさぎは、自分をデルヘルに踏みきらせたのも東電OLの存在だと書いていました。それほどまでにあの事件は同じ時代を生きた女性達にとって衝撃的だったのでしょう。

異様にやせこけた身体を少女のようなフリフリの衣装で包み、けばい化粧をして、夜毎、渋谷の道玄坂の裏道を彷徨うように歩いていた東電OLの姿に、多くの女性が自分の姿を重ね合わせたという現実を男達はあまりに知らなすぎる気がします。

>>東電OL殺人事件

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2008.10.22 Wed l 文化・芸能 l top ▲
朝、鎌倉から横須賀線に乗ったら、大きな楽器ケースを持った人達がずらりと座席に座っていました。年齢は10代から70代くらいまで幅広く、どうやらアマチュアの演奏家の人達のようでした。残念ながら私は行けなかったのですが、横浜では11日〜12日に好例の横濱ジャズプロムナードが開催されていましたので、それに参加する人達ではないかと思います。『ジャズ宣言』&『ジャズよりほかに神はなし』の著者として、私達にはむしろジャズ評論家のイメージが強い平岡正明さんは、『横浜的』の中で横浜のジャズについて次のように書いていました。

横浜はジャズがさりげなく豊富な町だ。福富町のコーヒー屋にベリー・コモの「バラの刺青」が流れていたり、野毛の古本屋の店先にウィントン・ケリーが流れていて、こちらはサンダル履いて50CCバイクに乗って町に出てきているのだが、思わず聞きほれたこともあった。(「ヨコハマでは後ろ向きにジャズを」)


最初にジャズが入ってきた港町といっても、客船の時代はおわり、1950年代の「モカンボ」も「ゼブラクラブ」も今は伝説。いいものはみんな東京にとられてしまう。
ええい、歯がゆいが、横浜はこれでいいのだ。音楽が土地にしみこんでいる。さりげなく豊富な町だ。東京のように、おれが今だ、おれが新しいと他を斥けて、外国から入ってくるものを情報として処理したとたん、すり減るようなことはしない。ジャズが港の気配を消さない中音量で鳴っていて、そんな特別のものじゃないよ、という顔をしているのがいいのだ。(「中音量主義でいこう」)


とは言っても、これが書かれたのが20年近く前で、今の横浜にもこんな“中音量主義”のような地に足の付いた、懐の深い文化は残っているのでしょうか。一方で、横浜は単なる東京のベットタウンあるいは東京の植民地のような顔もあり、そういった視点から横浜を見れば、俗に言う”ヨコハマの異国情緒”なんてのももはや作りものじみた見世物くらいにしか見えないのかもしれません。

携帯電話が突然、通話不能になりました。相手の声は聞こえるものの、こっちの声が相手に通じないのです。「もし、もし、もしも〜し」「おーい、おーい」という相手の苛立つ声を聞くのはそれはそれで面白いのですが、これでは電話の用がなさないので急遽、新しい機種に買い替えました。

それにしても、バリューコースとベーシックコース(ドコモの料金プラン)の違いが何度聞いても理解できませんでした。係員も最初からわかってもらおうとは思ってないみたいで、「ほとんどの方がバリューコースを選ばれています」と言ってましたが、ただそれが言いたいだけなのかも、と思いました。でも、新しい携帯電話を手にするとオジサンでも心は弾むものです。

>>野毛

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2008.10.12 Sun l 横浜 l top ▲
緒形拳さんは肝臓ガンだったことをまわりには内緒にしていたようですが、病院で最後を看取った津川雅彦さんは、緒形さんのことを「最後の最後まできちんと生きた」と言ってました。先日亡くなった深浦さんにしても緒形さんにしても、ホントに立派だなと思いますね。

私のまわりにも二人、やはりガンと闘っている人がいますが、いづれも手術したあと仕事に復帰して前向きに生きています。一人は余命半年と言われたので、自分で経営していた会社も畳んで手術に臨んだのだそうです。幸い手術に成功し、今は新しい就職先を見つけて元気に仕事をしています。ただ、常に再発や転移におびえていると言ってました。

もう一人もやはり手術して仕事に復帰していますが、今年は2週間も夏休みを取るというので、「どこかに行くのですか?」と訊いたら、「ちょっと旅行に行こうと思って」と言うのです。それで、「羨ましいですね〜」と言ったのですが、あとで聞いたら検診で転移が見つかったので手術をしたのだそうです。

もしかしたら二人とも5年後の生存率が40%とか50%というような中で生きているのかもしれませんが、そんな心の内は微塵も見せずいつも元気で前向きです。自分もいつかは同じような状況に遭遇するかもしれませんが、そのときは皆さんのように最後まできちんと生きることができるだろうかと考えたりします。

>>人生の絶対量

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2008.10.08 Wed l 健康 l top ▲
世界株安

場違いを承知で、ちょっと大風呂敷を広げたような話を―。

連日、アメリカの金融危機に端を発した世界同時株安のニュースが飛び交っていますが、それを見るにつけ、「ひたひたと忍び寄る世界恐慌の跫音」という表現も決してオーバーではないのかもしれない、と思ったりします。

田中宇さんのメルマガの最新号(9/30)「米経済の崩壊、世界の多極化」によれば、「9月25日、ドイツの財務大臣が独議会での発言で『アメリカは国際金融システムにおける超大国の地位を失う。世界は、多極化する。アジアと欧州に、いくつかの新たな資本の極(センター)が台頭する。世界は二度と元の状態(米覇権体制)には戻らない』と表明した」のだそうです。

たしかに、『金融権力 ― グローバル経済とリスク・ビジネス』(岩波新書)の本山美彦さんも書いているように、サブプライム問題は「単にアメリカに経済的停滞をもたらし、それによって、世界経済を不況に追いやるということ以外に、金融の世界地図を塗り替えつつあるという側面のあることを世界に示した」と言えるのかもしれません。本山さんは、「このことの世界経済に与える衝撃は巨大なものである」と書いていました。

グリーンスパン前FRB(米連邦準備制度理事会)議長も「(今回の金融危機は)百年に一度の危機だ」と言ったそうですが、今回の危機がアメリカが超大国の座から転落する過程の中で起きている、というのはもはや衆目の一致するところのようです。

マスコミは、金融安定化法案が議会で採決されれば危機を乗り切れるかのように言ってますが、もちろん、事態はそんな単純なものではなく、仮に成立しても、この大盤振る舞いでさらに財政赤字が拡大し、アメリカ経済が益々疲弊するのは明らかです。

世界は19世紀初頭以来200年間、英もしくは米英の覇権体制で回ってきた。世界の近代・現代は全期間が英米覇権体制だった。人類は、英米覇権以外の近現代を知らない。この200年、英米、特に英が演出(ねつ造や歪曲も含む)した価値観や発想法は、人類全体の知識や気持ちの中に深く根ざしており、簡単に変えられない。


しかし、この歴史が終焉し、今まさに世界史的転換を迎えつつあるのかもしれません。田中さんはさらに次のように書いていました。

米英中心の体制が崩れると、英が演出して全人類の頭の中に根ざしている人権や環境などの価値観に沿った国際政治がなされなくなるので、価値観的には「暗い時代」「悪がはびこる時代」となる。英米中心主義の残党は、米欧日のマスコミや官僚などの中に今後も居残り、しばらくは旧来の善悪観を扇動し続けるだろう。しかし、これらの価値観はそもそも英の都合に合わせて世界の人々を200年洗脳してきた成果でしかないのだから「善悪」の「悪」がはびこっても、実は大して悪いことではない。


これからはイスラムの台頭や大ロシア主義の復活も現実的な問題となるでしょう。とりわけアジアは、多くの人が指摘するように、中国とインドを中心にまわっていくのは間違いないように思います。中でも中国との関係においては、根深い相互不信の感情を考えるとき、日本人にとって実に悩ましい時代になるような気がします。いづれにしても、金融危機→株価下落→不況という問題も切実ですが、同時にその先にあるものも視座に入れておく必要があるのではないでしょうか。

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2008.10.03 Fri l 社会 l top ▲
万葉倶楽部前観覧車

一気に秋めいてきて散歩するにもいい季節になりました。いつものように時間ができたので、夕方、新港界隈を散歩しました。みなとみらいをぬけて、新港パークの入口にある万葉倶楽部の前でうしろを振り返ったら、視界いっぱいにイルミネーションで縁取られた観覧車が飛び込んできました。

それにしても、どうしていつもみなとみらいばかりなんだろうと思います。横浜にはそれしかないのかと思ってしまいます。もっとも、地元の人によれば、真偽のほどはわかりませんが、真向かいの横浜ワールドポーターズも一時撤退の噂があったそうです。なんとなくわかる気がしますね。

今、横浜では現代芸術の国際展・横浜トリエンナーレ2008が開催されています。ということは、先日の汽車道のモニュメントの工事も開港150周年のものではなく、その展示だったのかもしれません。馬車道の駅にもモニュメントが展示されていましたが、私にはどうということもない作品にしか見えませんでした。私は現代芸術にはどうもいまひとつ馴染めないところがあります。なんというか、どこぞのラーメン屋と同じでやたら講釈が多いからです。どうしてあんなに屋上屋に言葉を重ねなければならないのかと思ってしまいます。

ところで、この横浜トリエンナーレは、あまり話題にもならず、いまひとつ盛り上がりに欠けている気がしてなりません。10月4日〜5日には野毛の大道芸大会(野毛大道芸 2008 オータムフェスティバル)がありますが、やはり、美空ひばりを生んだ横浜には、芸術より芸能の方が似合っているのかもしれませんね。

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2008.09.28 Sun l 横浜 l top ▲
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1998年9月7日、スタンフォード大学の学生であったラリー・ページとセルゲイ・ブリンが、シスコシステムズのゼネラルマネージャー兼副社長であったアンディ・ベクトルシャイムから渡された10万ドルの小切手を手に、カリフォルニア州メンロパークの住宅街にあるガレージで創業して10年、今やグーグルは年商2兆円・時価総額17兆円という、誰もが認めるインターネットの覇者となったのでした。ちなみに、ラリー・ページとセルゲイ・ブリンは当座預金口座を持ってなかったため、10万ドルの小切手は現金化できず数週間机の中で眠っていたという逸話まであります。

グーグルが10年を迎えたということで、新聞や雑誌などでもグーグルの特集が相次いでいますが、しかし今までとはやや違ったトーンの論調が目に付き、グーグルに対する風向きも若干変わりつつあるような気がします。

私の中でも、ユーチューブやストリートビューなどをきっかけに、グーグルに対する違和感が徐々に生まれています。それどころか、ときにアメリカの経済システムをグローバルスタンダードとして押し進めるあのグローバリズムの強引さがオーバラップすることさえあります。

シリコンバレーでグーグルを真近に見ている海部美和さんは、そのあたりの事情について、Tech Mom from Silicon Valleyの中で、グーグルの新しいサービスはCEO(経営最高責任者)のエリック・シュミット主導による経営の多角化の表れだというようなことを書いていましたが(Chromeは「エリックのおうち」の玄関か)、たしかに二桁の成長は維持しているもののその成長の伸びにもやや陰りが出ている現在、依然売上げの大半(97%)はアドワーズとアドセンスの広告に依存し新しい収益源を生み出してないという“焦り”も背景にはあるのかもしれません。

週刊東洋経済

『週刊東洋経済』(9/27号)の特集「グーグル10年目の大変身」に掲載されていたアーキタイプの中嶋淳氏と樋口理氏による対談(「グーグルはいい会社。だけど心配・・・」)によれば、アメリカでは最近、若者達がアンチグーグルみたいな感情を持つようになっており、「グーグルはアロガント(傲慢)だとしきりに言われている」のだそうです。お二人は口を揃えて、最近のグーグルは「技術力ではなく、単なる力任せでやっているサービスが多い」と言ってましたが、とりわけユーチューブやストリートビューなどはその最たるものでしょう。

ストリートビューのようなサービスの発想は以前から他社にもあったようですが、収益とプライバシーの問題でどこも二の足を踏んでいたそうです。ところが、グーグルはユーチューブと同じで、見切り発車でやってしまうのです。ヤフーにもパノラマ写真による駅の出入り口案内のサービスがありますが、ヤフーの場合はなるべく人のいない時間帯に撮影し、人の顔が写った場合は画像処理で人影そのものを除去しているのだとか。また、動画投稿サイトに関しても、あらかじめJASRAC(日本音楽著作権協会)と提携し、著作権を確認、処理した上で公開しており、グーグルのようにグレーなことには手を出さないというポリシーがあるのだそうです。このあたりがヤフーが日本で圧倒的なシェアを維持している理由かもしれません。

いづれにしても現在の偏った収益構造から脱却しない限り、次の10年後にグーグルが単なる普通の会社になっている可能性もなきにしもあらずですが、もしかしたら、今、いろんな意味でその分岐点に差し掛かっているのかもしれません。たしかに、グーグルはすごいと思います。しかし、いつまでもただ「すごい」「すごい」と言っているだけでは肝心な点を見過ごしてしまうことになるような気がしてなりません。

>>あらたな神
>>グーグル

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2008.09.24 Wed l ネット l top ▲
健康診断に行きました。検査の結果は後日届く予定ですが、体重が半年前より僅かに減っていました。「やった」と喜んだのもつかの間、考えてみれば、体重をはかると言っても裸になるわけではなくただ上着と靴を脱いで体重計に乗るだけなのです。前回は3月で今回は9月なので、ただ身につけているものの重さが違っただけのような気がしないでもありません。こういうのをぬか喜びと言うのでしょうか。

一方、聴力検査ではあきらかに左耳が聴こえづらくなっていました。これは自分でも自覚症状があります。今までも何度か、まったくと言っていいほど聴こえなくなるときがあり、しばらくすると再び聴こえはじめるのです。それにつれ、話す声が益々大きくなっている気がしますし、また、(これは性格もあるのでしょうが)聞き返すのが面倒臭いので適当に相槌を打つことも多くなりました。

血圧測定では、上が150もあり「高いですね〜」と言われました。それで、「深呼吸を三度してください」と言われ、深呼吸してもう一度はかったのですが、逆に158にあがっていました。先日の電話で母親が「血圧が高いので薬を飲んでいる」と言っていたのを思い出し、血圧が高いのは遺伝なのかと今更ながらに思ったりしました。ところが、健康診断が終わったあと、病院のロビーに自動の血圧計が設置されていたので、それではかってみました。すると、115しかないのです。都合4回もはかりましたが、やはりいづれも110〜115の間でした。健康診断でいちばん最初にはかったのが血圧だったの多少高いのはやむを得ないとしても、あまりに違いすぎる気がしました。

紙コップに尿を取って提出する際、私の前は20代の若い男の子でしたが、彼の尿はまるでレモンを絞ったみたいにきれいな黄色でした。それに比べて私の尿は濁ったような濃いオレンジ色なのです。それを見て途端に検査の結果が不安になり、「若いっていいなあ〜」と脈絡もないことを考えました。

どうして健康診断を受けるんだろうと思います。長生きしたいからでしょうか。私自身は長生きしたいとは思いませんし、そもそも健康な生活というのは性に合ってないように思います。ホントは家でゴロゴロして終日本を読んですごせたらそれが一番なのです。でも、そうは言いながら、やはり、病気が怖いのだと思います。

井上光晴さん(先日、直木賞を受賞した井上荒野さんのお父さん)の絶筆となった『病む猫ムシ』(集英社)という短編集には、病気のことで頭がいっぱいで本を読む気もしなくなったとか、貯金が残りいくらあるか気になって仕方ないとか、病気に苦悩する作家の心のうちが正直に描かれていますが、若い頃の苦い経験もあって、そういった自分でままならない状態になるのが怖いのだと思います。そうかといって特別健康的な生活を心がけているわけでもありませんので、まあ有体に言えば気休めなのでしょう。

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2008.09.20 Sat l 健康 l top ▲
今日、田舎の母親から突然、ぶどうが届いたのでびっくりしました。実家はぶどう農家でもないし、近所にぶどう農園があるわけでもなく、どうしてぶどうなんだと思い、母親に電話をしました。すると、聞いたこともない名前をあげて、その人が「ぶどうで成功した」ので、毎年親戚などにぶどうを贈っているのだと言ってました(私の元に届いたのは今年が初めてでしたが‥‥)。

そして、突然、「あんたは自民党?民主党?どっちなんね?」と訊いてくるのでした。なんでも今度の総選挙がどうなるか、今一番の楽しみなのだとか。

「どっちでもないよ」
「あんたは民主党じゃないの?」「あたしは民主党は組合が支持しちょるけん、民主党が勝ってもあんまり良くはならん気がするんよ」
「じゃあ、自民党支持なん?」
「うーん、でもなあ、田舎は介護保険が高こうてな。年金から6千円も引かれるからたまらんのよ。それで今、迷っちょるとこ」

なんだかある意味で国民の声を代弁している気がして、妙に感心しました。「政治の幅は生活の幅より狭い」と言ったのは埴谷雄高氏ですが、しかし、介護保険や後期高齢者医療制度などは、田舎で雀の涙ほどの年金を支えに老後を送る母親にとっては切実な政治の問題でもあるのしょう。「ふがいない息子」としては、そんな母親にいくらかでも希望を与えてくれるような政治が出現することを願うばかりです。

それにしても、年老いた母親の声を聞くといつもせつない気持になります。電話を切ったあとも母親の声がずっと耳元に残っていました。そして、母親が喋ったことを何度も反芻している自分がいました。

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2008.09.13 Sat l 日常・その他 l top ▲