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用事で元町に行ったついでに、石川町の駅の先から地蔵坂をのぼって、港の見える丘公園まで山手を歩きました。今日は蒸し暑くて汗びっしょりになりましたが、気持のいい汗でした。

山手本通りの両側は目を見張るような豪邸ばかりです。どうすればそんなに金持ちになれるんだろうなんて思いながら歩きました。私達のような下層貧民から見れば、もはや羨望をとおりこして不思議な気さえします。

湿気の多い低地は庶民が住み、風通しのいい丘の上は上流階級が住むというのは欧米流なのかもしれません。横浜が開港し、山手が外国人居留地となってから高級住宅地たる山手の歴史がはじまったのです。

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山手の丘からは眺めがいいですね。私も九州にいた頃、丘(山?)の上のアパートに住んでいたことがありますが、地震のときが大変でした。寝ている上に本棚が倒れかかって危うく下敷きになりそうになったこともありました。翌朝、会社に出勤して「いや〜、昨夜の地震は大変でしたね。死ぬかと思いましたよ」と言ったら、「オーバーだよ」とみんなから笑われました。”下界”は大したことがなかったのです。関東大震災の際、山手の洋館はほとんど倒壊するなど、とりわけ被害が甚大だったというのもわかりますね。

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上の写真は、ご存知ユーミンも結婚式をあげた山手教会(正式にはカトリック山手教会)です。横浜の若者達のあこがれの教会です。そう言えば、近くの庭付きの洋館(レストラン?)ではパーティがひらかれていました。私は、披露宴かと思ったのですが、もしかしたら婚活パーティだったのかもしれません。

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山手教会の斜め前はフェリス女学院です。写真を撮っていたら、警備員が遠くからじっとこちらを見ていました。このあたりは名門女子高も多いので、普段から制服フェチのカメラ小僧やカメラおやじが多く出没するのかもしれません。でも、今は夏休みなので、校内は閑散としていました。

>>山手

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2009.08.08 Sat l 横浜 l top ▲
酒井法子

女優という生きものには「魔性」が潜んでいます。

すべての行動原理は「自からの利害得失」による、という「魔性」であります。 その女優が「好きになったから」という理由だけで女優が結婚するとはまったく考えられないのでございます。

女優は自分自身に惚れて惚れぬいて、自分しか愛せなくなった人間の就く職業でございます。 由に人前で他人の男とも平気でSEXが出来て、泣き笑い叫び歌えるのでございます。

女優とは人々からの「喝采」に魂を売り渡した人間であります。

「喝采」のためならなんでもやれる、のでございます。 淫売になれるどころか、必要なら人殺しさえやりかねない、それが女優であります。

だから普通の「お嬢さま」では絶対に「ならない」「なれない」のが「女優というお仕事」なのでございます。

( 「陣内と紀香の離婚の『真相』」)


これは、ポリスジャパンという決してお上品とは言えないサイトに連載されていた、AV監督の村西とおる氏のコラム(「帝王村西とおるの今日もナイスですね」)からの抜粋です。押尾逮捕や酒井法子に逮捕状のニュースを聞くにつけ、私はこの文章が思い出されてなりませんでした。

酒井法子が結婚する際も、やはり「大丈夫か?」という声がありましたが、当時は清純派アイドル=のりピーとサーファー=遊び人の旦那のイメージがそぐわないので、そんな声があがったのかもしれません。しかし、「女優」(あるいは「タレント」)が、村西監督の言うように普通のお嬢さまにはできない、カタギの仕事ではないということを考えれば、別にそぐわない話ではなかったように思います。酒井法子も足首に「一蓮托生」のタトゥーを入れているようですが、矢田亜希子も恋愛中に押尾学と一緒に入れた(と言われている)タトゥーはこれからどうなるんだろうかと思いました。

要するに、旦那だけがやさぐれで遊び人だったのではなく、美意識や価値観を共有していたという意味で「似たもの夫婦」だったのではないでしょうか。にもかかわらず、彼女達はあたかも自分を健気な妻、夫に裏切られて悲しむ妻であるかのように演じるのです。そう演じることができるのですね。怪しげなレイブパーティに参加したりクスリをやったりしながら、一方で”ママドル”として理想のママを演じていたのも、ただそれが仕事だったからにすぎないのでしょう。

よく「魔性の女」なんて言いますが、同じ「魔性」でもシロウトのそれとはケタが違うように思います。夫が逮捕されたとき、「のりピーがかわいそう」と街頭インタビューでこたえていたような人々は、あまりにもお人好しと言わねばなりません。これは矢田亜希子の場合も然りでしょう。

もっとも、”芸能の論理”というのが本来、市民社会の公序良俗とは真逆にあったことを考えれば、「だから女優(芸能人)なんだ」と言えなくもないように思います。さしずめ酒井法子は、交通事故で亡くなった実父の職業(前歴)やその育った家庭環境等を考えると、(市民社会の公序良俗と真逆にあるという意味で)文字通り「古典的な」芸能人だったと言えるのかもしれません。子供は親を選べないけど、哀しいかな、人間にとって育った環境というのは自分で思っている以上に大きなものです。「のりピーがかわいそう」なのは、むしろこれからでしょう。

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2009.08.07 Fri l 文化・芸能 l top ▲
ふかわりょう

最近、ネットの仕事をしながら、土曜日の深夜(26:00〜29:00)、ROCKETMANことふかわりょうがパーソナリティをつとめるJ-WAVEの「ROCKETMAN SHOW!!」をよく聴いています。ふかわりょうは、普段のテレビのイメージとは違って、ラジオでは意外に硬派な面を見せてくれるのです。これはブログでもそうです。彼は慶応出身ですが、少なくとも、北野たけしなどよりはよほど真っ当なインテリのように思います。

新型インフルエンザで騒がれていたときも、マスコミの報道について、やんわりと異議をとなえていました。「まあ、テレビというのはもともとそういったものなので、仕方ないのかもしれませんが、報道番組もバラエティなどと同じように視聴率や話題性といった尺度でしか考えられていないのはおかしいと思いますよ」というような発言をしていましたが、まったくそのとおりですね。なんだかテレビの中にいてテレビの異常性(バカバカしさ)をさめた目で見ているような気さえしました。

先日も「フニオチ(腑に落ちない)」というテーマで聴取者から寄せられた投稿に関連して、フジテレビの「とくダネ!」で、司会の小倉智昭が中野美奈子アナの発言を無視するような場面が目立ち、中野アナが居心地が悪そうだというようなことを、きわめて慎重な言い回しで指摘していました。私も前から感じていたのですが、たとえば、中野アナが遠慮がちに(?)にコメントしても、それを無視して「では、デーブはどう思いますか?」と、デーブ・スペクター(や他のコメンテーター)に振る場面がよくあります。それは、前の佐々木恭子アナのときとあきらかに違います。たしかに、中野アナのコメントは、勉強不足なのか、やや的を外れたケースが多いのも事実ですが、だからと言ってそこまでしなくてもと思います。小倉智昭とデーブ・スペクターはものごとを仰々しく言うわりに内容は日和見という面がよく似ていますので(まさにワイドショー向き!)、通じ合うものがあるのかもしれませんが。

よく言われることですが、テレビというのは、そういった普段はなかなか見えない人間の機微のようなものをときにあからさまに映し出すことがあります。それを指摘するふかわりょうの知性は、当然テレビでは無用の長物で、あくまでテレビが彼に求めるは、いじめられ役あるいはすべり役の小心者キャラなのです。ヤンキー的なものに「心の安らぎを覚える人は、老若男女の区別なく人口の約5割を占める」というナンシー関説から言えば、ヤンキーにいたぶられる役回りといった感じなのかもしれません。

追記:
芸能ネタとしては、その後、押尾学逮捕のニュースが飛び込んできましたが、うっかりしていました。ヤンキーテイストの芸能人として、押尾学&矢田亜希子夫妻をリストアップするのを忘れていました。変死体があった六本木ヒルズの部屋を押尾学に提供していたのは、「服飾関連の会社の女社長」だという報道がありますが、それを聞いて私は「やっぱり」と思いました(この場合、「下着通販会社の女社長」と言うべきでしょう)。こういうところにも”ヤンキー人脈”が生きていたのですね。ヤンキー文化恐るべしです。(08/05)

>>ヤンキー文化

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2009.08.04 Tue l 文化・芸能 l top ▲
有隣堂本店
      「本やタウン」有隣堂本店より

埼玉にいた頃、川越のブックオフに行ったことがありますが、あまりほしい本がなくてずっと足が遠のいていました。しかし、横浜に来て、伊勢佐木町の有隣堂本店の近くにあるブックオフにたまたま入ったら、ひと月前に出たばかりの文庫や新書が半額くらいで売っているのです。それで、有隣堂に行ったついでにときどき行くようになりました。昨日も新書や文庫を10冊以上買って、おかげで(と言うべきか)有隣堂では何も買わずに帰ってきました。

ただ、ブックオフでズラリと並んだ柳美里の単行本がいづれも105円で販売されているのを見たときは、さすがに複雑な心境になりましたね。私の前では初老の男性が年代ものの井伏鱒二全集を105円で買っていました。

一方、「本やタウン」のサイトを見たら、来月の3日で有隣堂本店の「本やタウン」のサービスが終了になる旨の告知が出ていました。私は買いたい本があった場合、「本やタウン」で店内在庫の確認をして、それから出かけていたのですが、「本やタウン」のサービスがなくなると店内在庫の検索もできなくなるのです。かと言って、ジュンク堂や紀伊国屋のように自社のウェブサイトにオリジナルの検索を設ける予定もないみたいなので、不便になりますね。

有隣堂本店に関しては最近、前と違って品揃えが悪くなったなと思っていたら、案の定、来月、文具館の売場が本店の書籍売場に移動するのだそうです。やはりこの不景気の影響なのかなと思いますが、もうひとつは、伊勢佐木町という立地がネックになりつつあるのかもしれません。イセザキモールを歩いている人達を見ても、とても書店が成り立つような土地柄でなくなったのは事実です。ブックオフにしても、マンガとゲームソフトでもっている感じです。

地元の人に話を聞くと、昔は”銀ブラ”ならぬ”伊勢ブラ”という言葉もあったそうで、親に連れられて伊勢佐木町に買物に行くのが何よりの楽しみだったとか。それを思えば、松坂屋(旧野澤屋)が閉店した現在、当時の名残をとどめているのは有隣堂だけになったと言えなくもありません。

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2009.07.28 Tue l 横浜 l top ▲
平岡正明

遅ればせながら、平岡正明氏が今月の9日、脳梗塞のため亡くなったことを知りました。よく横須賀線を利用するのですが、保土ヶ谷を通るとき、ときどき平岡正明さんのことを思い出したりしていました。野毛には千回通ったと書いていましたが、保土ヶ谷から愛用のバイクに乗って野毛や伊勢佐木町や福富町などに通う中で、あの名著『横浜的』(青土社)が生まれたのですね。

高校時代、図書室にあった日本読書新聞で、当時「世界革命浪人」などと名乗っていた平岡正明さんの犯罪とジャズに関する文章を読んで以来、文字通りジャズのアドリブを地で行くような平岡正明さんの文章のファンになりました。『韃靼人宣言』・『ジャズ宣言』・『ジャズより他に神はなし 』・『あらゆる犯罪は革命的である』・『闇市水滸伝 』・『マリリン・モンローはプロパガンダである』etc、なんだか見てはいけないものを覗き見るような感じで、心臓を高鳴らしながら読んだ覚えがあります。

平岡正明さんには、(実際につき合いがあったかどうかは別にして)五木寛之氏や山下洋輔氏や筒井康隆氏やタモリなどにつながる”人脈”がありますが、それをつなぐのは言うまでもなくジャズです。山下洋輔トリオの復活のステージを見ずして亡くなられたのはかえすがえすも残念でなりません。今から25年以上前に書かれた『おい、友よ』(PHP新書)という本で、あまりに過激な内容のために発売禁止になったタモリの「戦後日本歌謡史」を高く評価し、「タモリを応援せよ」と言った平岡正明さんに、今の「いい人」タモリを見てどう思っているか、一度聞いてみたかった気がします。

横浜に関して言えば、野毛の大道芸やジャズ祭などとの関わりを見てもわかるとおり、アジテーター&オーガナイザーとして面目躍如といった感じがありました。

0時0分0秒、停泊中の巨船の咆哮を合図に大小の船が競って汽笛を鳴らした。隣のフォルクスワーゲンの男は、日本人だと思うが、フィリッピンあたりの人かな、手をひろげて「オー・イエース」と言いやがった。空冷エンジン、うるさいんだよ。でも横浜だからゆるしちゃう。
 シルクホテルは、消防法基準に合致していないとかで、ホテル・ニュージャパンの火災のあと自主的に営業中止しているはずだが、その五階の暗い窓を開けて、ハラリとフランス国旗がたれ下がった。拍手するドライバーがいる。フランス人よ、なにもフランスを支持しているわけではないのだぜ。われわれ日本人はお祭り好きなんだよ。
 海面を渡ってきた汽笛が海岸通りの建物の列でドッブラー効果をおこし、町全体がオルガンのように鳴り響いた。その音はたしかに除夜の鐘に似ていた。(「港ヨコハマ・除夜の汽笛」)


こういった文章を読むと、やはり横浜が好きだったんだなと思いますね。

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2009.07.21 Tue l 文化・芸能 l top ▲

 私には「世の中には、”銀蠅的なもの”に対する需要が、常に一定してあり、その一定量は驚くほど多い」という持論がある。昭和50年代終わりという時代の「銀蠅的なもの」が「横浜銀蠅」だった、ということで、横浜銀蠅出現以前にも、そして消滅以降にも「銀蠅的なもの」はあったし、あり続けているのだ。
 有意識・無意識にかかわらず「銀蠅的なもの」に心の安らぎを覚える人は、老若男女の区別なく人口の約5割を占めると私が見ている。勝手に、だが。


これは、『ハイファッション』(文化出版局)の1996年7月号に掲載された、故・ナンシー関さんのコラム「日本人の5割は『銀蠅的なもの』を必要としている」からの抜粋です。ナンシー関さんは、ヤンキーという言葉を使っていませんが、ここで言う「銀蠅的なもの」が「ヤンキー的なもの」あるいは「ヤンキーテイスト」の代名詞であることは言うまでもありません。そして、このコラムがこの国のヤンキー論の幕開けを告げたのでした。

だから、最近たてつづけに出版され話題を集めている五十嵐太郎編『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)や難波功士『ヤンキー進化論』(光文社新書)でも、いわばヤンキー論のたたき台としてこのナンシー関さんのコラムが紹介されていたのは当然と言えば当然でしょう。(『ヤンキー文化論序説』に至っては巻末で「ヤンキーコラム傑作選」と銘打って、彼女のコラムを4本紹介していました)

酒井順子さんは、斉藤環氏との対談集『「性愛」格差論』(中公新書ラクレ)の中で、「ヤンキーを把握せずして、日本は語れないでしょう」と言ってましたが、今や若者文化が「おたく」と「ヤンキー」と「サブカル」の三つ巴になっている中で(斉藤環氏)、たしかにヤンキー文化だけは、不当に貶められ語られざる対象になっている感は否めません。

斎藤環氏は、ヤンキーテイストの代表例として、ビートたけしが初期の頃よく着ていたフィッチェ・ウォーモのセーターをあげていましたが、それを言うなら、むしろ和歌山カレー事件の林真須美被告が着ていたミキハウスのトレーナーをあげるべきではないでしょうか。そして、そのミキハウスのトレーナーからヴィトンのバッグやピーチジョンの下着、Jウェディングや住宅地のクリスマスイルミネーションや子供の命名、ヒップホップやレゲエ、東京ディズニーランドやサンリオピューロランドやドンキホーテまで、今や日本全国津々浦々「ヤンキー的なもの」で満ち溢れているというのは事実でしょう。たとえば、深夜に子供連れでドンキホーテにやってくるのはヤンキーが多い(『ヤンキー進化論』)なんて言われると、思わず頷いてしまいますね。

まして、私は横浜銀蠅の横浜に移り住んでからというもの、「ヤンキー的なもの」に遭遇することが多くなり、ことのほかヤンキーを意識せざるを得なくなりました。前に住んでいた埼玉に比べても、むしろ横浜の方がヤンキー度は高い気がします。「オシャレな街」横浜が実はヤンキーの一大産地であるというのは、決してオーバーではないのかもしれません。

また、末端を肥大化したり、「バッド・テイスト趣味」と言われるような限りなく過剰で類型化されたものへの偏愛など、ヤンキーがこだわる様式美について、斎藤環氏は、「歌舞伎における様式性の進展には、あきらかにヤンキー文化に通底するような『構造』がみてとれる」(『ヤンキー文化論序説』所収「ヤンキー文化と『キャラクター』」)と歌舞伎との類似性を指摘していましたが、これは慧眼ではないでしょうか。

そもそも歌舞伎というのは、傾く(かぶく)という言葉が語源だと言われていますが、それは「やくさむ」という言葉と同義語で、「やくさむ」は「やくざ」の語源ではないかという説もあるくらいです。いづれもドロップアウトするという意味ですが、その意味ではヤンキーと歌舞伎の様式美が似ている(通底している)というのは、充分説得力があるように思います。そして、現代の歌舞伎者たる芸能人にヤンキーテイストの人間が多いというのも合点がいきますね。

私は以前、下北沢の路上で俳優の柄本明さんとすれ違ったことがありますが、そのとき柄本さんは派手な柄のアロファシャツに女性もののサンダルをつっかけて(九州ではサンダルのことを「つっかけ」と言います)、なぜか晴天なのにビニール傘を手に持っていたのでした。私はその姿を見て、思わず「歌舞伎者」という言葉を連想したのですが、考えてみれば、ヤンキーも似たような格好をしているのですね。余談ですが、ダッシュボードのムートンの敷物やレイやUFOキャッチャーで手に入れたぬいぐるみやディズニーやサンリオなどのキャラクターが好きだとかいった、ヤンキーとファンシーの親和性にも個人的にはすごく興味があります。

ナンシー関さんがコラムで俎上に乗せていたのは工藤静香やX-JAPANのYOSHIKIや鈴木紗理奈ですが、他にこれらの本では木下優樹菜や後藤真希や浜崎あゆみや氣志團やEXILEなどさまざまなヤンキーテイストの芸能人達があげられていました。しかし、私はこの中でぬけている芸能人が「三人」いるように思いました。

一人は、倖田來未です。今やこの人ははずせないでしょう。そして、倖田來未→大阪と連想すると次に浮かぶのは橋下徹大阪府知事ですね。彼の中にもヤンキーテイストを感じるのは私だけでしょうか。二人目は、ジャニーズ事務所のアイドル達です。私達は、襟足だけがやけに長い「ジャンボ尾崎のような髪型」とよく言ってましたが(いみじくも斎藤環氏が『「性愛」格差論』でまったく同じ言い方をしていたのでびっくりしましたが)、彼らジャニーズ系のアイドル達の多くはそんな「(ヤンキー的)美意識を刷りこまれた」子供がそのまま大きくなったような感じです。その意味では、倖田來未と中居クンはベストカップルと言うべきでしょう。三人目は、韓流スター達です。彼らはどう見ても歌舞伎町のホストそのものですが、だからこそ「ヤンキー的なもの」が垣間見えて仕方ないのです(と言うか、ファンが彼らに「ヤンキー的なもの」を見ていると言うべきかもしれません)。

うーん、こう考えると、ヤンキー的なものに「心の安らぎを覚える人は、老若男女の区別なく人口の約5割を占める」というナンシー関説が俄然真実味を帯びてきますね。この巨大なマーケットがこれからも姿かたちを変えて「ヤンキー的なもの」を再生産し消費していくのでしょうか。ヤンキー文化恐るべしですね。

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2009.07.15 Wed l 文化・芸能 l top ▲
韓国在住の方から商品について問合せがありました。実際は弊社では扱ってない商品なのですが、韓国で販売したいと言うのです。何回かのメールのやりとりのあと、私は以下のような返事を出しました。これは私自身が日頃感じていることですし、とりわけネットショップをやっている多くの人達も同じように感じていることではないでしょうか。

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お問合せいただいた商品は、いづれもファンシー文具の会社の商品で、弊社では残念ながら取り扱っておりません。それに、文具の会社は非常に保守的で、日本的な商慣習にしばられていますので(ビジネスがオープンではありませんので)、通常は問屋か小売店で仕入れるしかありません。従って、そんなに安く仕入れることはできないと思います。

お尋ねしたいのですが、○○さんはご自分で小売店(ショップ)を開いているのですか? シール(ステッカー)はそこで販売したいと考えているのでしょうか?

だとすると、ネットを通して取引をはじめるのは現実的には難しいと思います。まして、上記のような会社は、非常に古い体質が残っていますので、ネット取引自体を嫌がる傾向があります。アメリカなどの方がはるかにネットでの取引が可能(ビジネスがオープン)ですよ。

たとえば、私達が上記の会社に取引したいとメールを送っても返事もくれません。また、上記の商品を扱っている問屋に連絡してもなかなか取引をしてもらえません。たとえ現金払いであってもです。中には別に保証金を入れれば商品を売ってもいいなんて言う会社もあるくらいです。

取引ができるという保証があるわけではありませんが、できれば一度見本市などに来て、直接商談をするのもひとつの方法かもしれません。ただ、文具業界はそのように非常に古い体質がありますので、門戸が狭い(なかなかビジネスのサークルに入れてもらえない)ことは覚悟された方がいいでしょう。だからと言って、文具業界が新規取引を断るくらい景気がいいわけではなく、むしろ逆です。要するに、業界特有の村社会の論理(習慣)からぬけられないだけなのです。

以前、原宿の取引先の店で、韓国から来た方が若い女の子向けのソックスやレッグウォーマーを大量に買っているのに遭遇しました。「そんなに買ってどうするのですか?」と聞いたところ、「韓国で店をやっているのでそこで売ります」と言ってました。「でも、定価で買った商品を売っても高くて売れないのではないですか?」と訊いたところ、「日本製のいいものだったらある程度高くても売れます。それに、この商品を参考にして自分達で商品を作るつもりです」と言ってました。なるほどなと思いました。そういうことも方法かもしれませんね。

お役に立てず申し訳ありませんが、以上、ご連絡申し上げます。
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こういうところにも広くネオリベラリズム(新自由主義)を受け入れる背景があるように思います。正直言って、私の中にもあります。この現状を打破するにはもはやネオリベしかないように思ってしまうのですね。

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2009.07.11 Sat l 仕事 l top ▲
浅草・ほうずき市01

マスコミ風の言い方をするなら、下町の夏の風物詩、浅草のほうずき市に行ってきました。私は、ほうずき市は初めてでしたが、仲見世から浅草寺の界隈は大変な人出でした。お約束のマスコミもテレビ局各社が取材に来ていました。

また、外国人観光客の姿も目立ちましたね。欧米系の外国人はひと目でわかりますが、アジア系、特に台湾・韓国・香港・中国からの観光客は、人ごみに紛れたら日本人と見分けがつきません。それを考えれば、相当数の外国人観光客が来ていたのではないでしょうか。今や浅草も原宿の竹下通りなどと同じように外国人観光客で持っているようなものかもしれません(竹下通りの場合は大半はアジアからの観光客ですが)。

田舎の人間にすれば、ほうずきがひと鉢2500円と言われると「なんで?」と思いますが、ここは花の都・東京ですので致し方ないのかもしれません。子供の頃、よくほうずきを口で鳴らしたものですが、この鉢植えのほうずきもやはり口で鳴らすんだろうかと思いました。

浅草も久しぶりでした。私は、以前は仕事するのももっぱら車でしたので、都心の道路はそれこそタクシーの運転手ができるくらい精通しているつもりですが、他に江東区や墨田区や台東区といった、いわゆる下町の道路も結構詳しく、それくらいよく来ていた時期がありました。

浅草と言うと、どうしても永井荷風を連想しますが、荷風が通っていた頃の浅草は、(荷風自身は「昔のような江戸情緒がなくなった」と嘆いていたようですが)今と違ってまだワクワクするような華やかさがあったのではないでしょうか。

また、個人的には、故・竹中労氏が『黒旗水滸伝・大正地獄篇』(皓星社)で描くところの、「左右を弁別せざる時代」大正デモクラシー下の浅草にも遠く想像力をかきたてられるものがあります。当時、浅草の空にそびえていた十二階下の「青白き巣窟」(室生犀星)や浅草出身のニヒリスト辻潤と彼をめぐる「美的浮浪者の群れ」など、なんだか想像するだけでも蟲惑的なロマンを覚えます。

私は、浅草に来ると、「人生の幸せってなんだろう?」と考えることがあります。それは、野毛などと同じように、浅草も人生が露出している街だからかもしれません。浅草も個人商店の街なのですね。それは、渋谷や原宿や代官山や六本木やみなとみらいなどにはない浅草のよさです。だからこそ、浅草には本来の意味で”ハレ”があるように思います。荷風が晩年、孤独な生活の中で、浅草に日参したのもなんとなくわかる気がしますね。

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2009.07.09 Thu l l top ▲
”国営マンガ喫茶”こと国立メディア芸術総合センター(仮称)構想に関連して、『週刊SPA』(扶桑社)の7月7日号に「日本のマンガ、実は世界でウケてない!」という秀逸な記事が出ていました。

麻生総理は、この構想について、国会で次のように答弁したそうです。

今日、日本文化発信の中心的存在であります、アニメ、マンガ、ゲームなどのジャパン・クールと呼ばれるメディア芸術の国際的な拠点を形成することが重要だと考えております。


たしかに記事にあるように、「製造業が徐々に国際競争力を失いつつある中で、次代の日本はコンテンツ産業を中心とした知的財産権立国を目指す。それが麻生総理に限らない多くの声」で、今やお題目のようになっています。ところが、現実は「マンガに描いた餅に終わりそうな節がある」というのです。

JETRO(日本貿易振興機構)が今年の3月に発表した「フランスを中心とする欧州におけるコンテンツ市場('08〜'09年)の実態」によれば、ヨーロッパにおける日本映画の観客動員ランキングで1位の「ゲド戦記」ですらわずか33万人だったとか(日本国内では約600万人)。2位の「ドラえもん のび太の恐竜」が9万、3位の「となりのトトロ」が8万、4位のクレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」が7万、5位の「魔女の宅急便」が5万と散々たるあり様です。日本国内で1500万人を動員した「ハウルの動く城」に至っては、EC加盟国全体でたったの1万人だったとか。それを裏付けるように、おたく大国のフランスにおける日本アニメのDVDのシェアは、わずか2%にすぎないのだそうです。

これは、ヨーロッパに限らず、世界最大のコンテンツ市場を抱えるアメリカでも同様で、アメリカにおける日本アニメのDVDシェアはなんと1%台だそうですから、日本アニメは「所詮はニッチ産業」で、「クール・ジャパンは幻想」だと言うのは残念ながら事実のようです。ポケモンの時代は遠い昔の話なのですね。

この国の優秀な官僚達がこの事実を知らないわけがありません。にもかかわらず、117億円もの大金を投じてわざわざ箱ものを作ろうとするのはなぜなのでしょうか(しかも、117億円は土地代と建物の建築費で、作品を収集する経費などは別だそうです)。一方で、この問題を報じたテレビニュースによれば、(根拠の出所は不明ですが)アニメ制作などに携わる人材を育成する予算はわずか1400万円しかなく、”国営マンガ喫茶”の建築費の千分の1だとか。むしろ、現状を考えるなら、再び世界に通用する日本のコンテンツ産業を強化・育成しなければならないわけで、それにはまず人材を支援・育成することに予算を投じるべきではないでしょうか。どう考えても、素人には首をかしげざるを得ない話ですね。

>>”国営マンガ喫茶”

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2009.07.05 Sun l 社会 l top ▲
マイカル本牧1

マイカル本牧へ10数年ぶりに行ってみました。かつて私は仕事だけでなくプライベートでもデートで行ったこともあるし、何よりマイカル本牧のベンチで当時つき合っていた彼女に別れの手紙を書いた苦い思い出もあります。しかし、今のマイカル本牧にデートで出かけるカップルなんていないでしょう。メイン道路の角に閉鎖されたまま醜態を晒している5番館の建物がなんだかこの間のマイカルの歩みを物語っているようでした。かつてはスペインだったかの港町をイメージした業界では画期的なショッピングセンターでしたが、今は見る影もありません。昔のイメージがあったので、どこがマイカル本牧なのか、さっぱりわからず最初は戸惑いました。犬を散歩しているご婦人に「マイカル本牧ってどこですか?」と聞いたくらいです。それもそのはずで、ウキペディアによれば、当時は1〜12番館まで建物があったそうですが、現在残っているのは、サティと横浜銀行が入る3番館とマイカルシネマズ(MOVIX本牧)が入る6番館だけで、残りは既に閉鎖されたり解体されたりしているそうです。もちろん、彼女に別れの手紙を書いたベンチなど跡形もありません。

マイカル本牧2

ただ、周辺は人どおりも多く、住宅街としてそれなりに活気がありました。交通手段がバスだけという不便さはあるものの、なにせ1980年代まで米軍に接収されていた土地ですので、横浜ではめずらしい平らな土地で、住宅地としてはめぐまれた環境にあり、マイカル本牧の凋落を尻目に宅地開発は順調にすすめられたようです。ただ、道路沿いの建物に「テナント募集中」の看板がやたら多かったのが気になりました。メイン道路沿いはマンションが目立ちますが、一歩中に入ると瀟洒な一戸建ての住宅が立ち並ぶ住宅街もありました。それにしても、ウキペディアではないですが、ニュータウンの中に屹立する廃墟というのはまさにシュールな光景ですね。

マイカル本牧3

マイカル本牧4

帰りは山手トンネルを越えて元町まで歩きましたが、途中の本牧の商店街も昔ながらのいい味は出しているものの、やはりシャッターが下りた店舗が目立ちました。そもそもみなとみらい線を本牧まで伸ばす計画があったにもかかわらず、地元商店街の反対でとん挫したのだそうで、それを考えれば今日の廃れた光景は自業自得と言えなくもありません。余談ですが、横浜というのは、こういった住民エゴの影をいろんなところで見ることができます。かつての飛鳥田市政・長洲県政の負の遺産だという声もありますが、横浜市は依然として”役人天国”の側面がありますので、住民エゴをタテに事なかれ主義が蔓延している気がしてなりません。

マイカル本牧ができたとき、文字通り業界では衝撃をもって受け止められましたが、今考えれば、「大丈夫なの?」という冷静な声は皆無でした。みんな「すごい」「すごい」と言っていたのです。これもバブルのなせる業だったのかもしれません。そう言えば、当時、私も会社から専用のクレジットカードをもたされ、給料とは別に月に30万円まで使っていいとお墨付きをもらっていましたし、車もベンツをあてがわれ、月に9万円の駐車場(車1台分が9万円!)を借りていました。「いい時代」と言うより、どう考えても「おかしな時代」だったのです。マイカル本牧の今日の無残な姿も「おかしな時代」のなれの果てと言うべきかもしれません。みんな狂っていたのですね。

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2009.07.03 Fri l 横浜 l top ▲
坂口安吾の随筆で歯痛に悩んでいる話を読んだことがありますが、私はこのところ胃痛に悩んでいます。みぞおちのあたりがキューッと痛くて仰向けになり上体をそらすといくらか楽になります。そうやって仰向けになっていると、ジーンと胃酸が下から上にのぼってくるような感覚があります。知り合いの病院でその話をしたら、「胃カメラを飲んで検査しましょうよ」と言われましたが(営業?)、私は胃カメラやバリウムが苦手なのでなかなか決心がつきません。

そう言えば、父親もよく「胃が痛い」と言ってましたが、私もとうとう「胃が痛い」年齢になったのかと思いました。父親と同じように、最近は「あっさりしたものが食べたい」というのが口癖になりました。若い頃、肥満や腰痛や胃痛などとはまったく無縁な人間だと思っていましたが、結局、どれも経験することになりました。要するに、タカを括っていただけなのですね。それが若さゆえの傲慢というものでしょうか。

ただ、怪我の功名ならぬ”胃痛の功名”もあります。体重がさらに減ったのです。2キロ減って、20代の体重まで戻るという目標まであと3キロになりました。喜んでいいのかどうか。

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2009.06.27 Sat l 健康 l top ▲
もしこのまま横浜に住みつづけるとしたら、次に住んでみたい街は根岸ですね。根岸の駅前は東横線沿線のようにゴチャゴチャしてなくて舗道も広いし、住んでいる人のレベルも比較的高そうです。と、こんな言い方は嫌味に聞こえるかもしれませんが、横浜の場合、こういったことは案外重要です。

横浜は常に「住みたい街」の上位に位置して、「オシャレな街」だとかいったイメージがありますが、実際は”東京型市民”と言われる「エリートサラリーマン」や「あざみネーゼ」や「山手のお嬢様」(半分は”横浜型市民”ですが)がいる一方で、”横浜型市民”の典型である「おっちゃん労働者」や「古典的なヤンキー」なども多く、いろんな階層の人間が混在するバラエティ豊かな街なのです(マイクロマガジン社『これでいいのか横浜市』)。地域にもよりますが、決してガラがいいとは言い難いし、車や電車のマナーもよくありません。「オシャレな街」には似つかわしくないJRAの場外馬券場が多いのもゆえなきことではないのです。

そのため、横浜には「どこに住むか?」「どこに住んでいるか?」といった土地のヒエラルキーみたいなものが隠然と存在します。また、黒澤映画の「天国と地獄」が象徴的ですが、平坦な土地が少なくて坂が多いため、どうしても坂の上と下という明確な区分け(棲み分け)がしやすいという側面もあるように思います。五木寛之も小田和正も沢田研二も萩原健一も北原照久もみんな丘の上に住んでいます。かつての”歌う不動産王”千昌夫も山手の丘の上に住んでいたそうです。もちろん、成功した華僑達も丘の上に住んでいます。成り上がったら丘の上へというのが横浜のパターンなのです。

根岸1

横浜にはいくつかの「高級住宅地」と呼ばれる丘の上の土地がありますが、根岸の根岸旭台や根岸台もそのひとつでしょう。そして、その丘はかの最強の高級住宅地である山手の丘へとつながっているのです。根岸の駅前に立ったら、誰しも「あの丘の上に住みたい」とあこがれの眼差しで緑におおわれた丘の上を見上げるのではないでしょうか。

ドルフィン」の前を通り丘の上にのぼると、やたらヒルトップやヒルサイドという名称が付けられた低層のマンションが建っており、なんだか威厳さえ覚えるような高級感を漂わせています。坂をのぼりきったところには、
”FIRE STATION”と赤い文字で書かれた米軍の消防署があり、サンディライオンのシールでおなじみのややレトロな消防車がずらりと並んでいました。もともとこのあたり一帯は米軍に接収されていたそうで、今でも消防署の先は贅沢なスペースの中に米軍住宅が広がっています。隣接する根岸森林公園ではフィリピン人のメイドさんがベビーカーに乗った金髪の子供を散歩させていましたが、如何にも昔のユーミンが好みそうな光景ですね。

根岸2

根岸森林公園は、日本で初めての西洋式の競馬場の跡で、米軍に接収されていたときはゴルフ場だったとか。この公園があるだけでも根岸の丘は高級住宅地の要素を充分かなえている気がします。ウーン、こんなところに階級社会が残っていたのか、そんなオーバーなことさえ考えさせられました。そう言えば、某中央官庁の職員住宅もしっかり建っていましたが、なんだか官尊民卑を象徴するような光景だと思いました。

しかし、丘の上を貫く車道から脇に入ると、光景が一変します。まるで斜面にへばりつくように庶民的な家が密集しており、ケモノ道のような細い道が家々の間をぬうように蛇行しています。そんな坂道を適当に下ったら、山手トンネルの先に出ました。そして、山手トンネルをぬけて元町から中華街を通って帰ったのですが、金融危機の影響なのか、元町の通りにもシャッターの下りた店がいくつかありました。いつの時代も丘の下の庶民は大変なのですね。

>>ユーミンを聴く

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2009.06.24 Wed l 横浜 l top ▲
”国営マンガ喫茶”などとヤユされている国立メディア芸術総合センター(仮称)構想のニュースを聞いたとき、ふと、『パラダイス鎖国』(アスキー新書)の海部美和さんが3年前にご自身のブログ「Tech Mom from Silicon Valley」に書いていた、「日本製アニメは『東洋の魔女』時代のバレーボールか?」という記事を思い出しました。

よく「日本のアニメは世界に誇る文化だ」などと自画自賛する声を耳にしますが、案外そうでもない現実を海部さんはアメリカの例をあげて書いていました。もともと日本人というのは(日本人に限らないのかもしれませんが)、みずから神話を作りそれに酔い痴れる傾向がありますので、なんでも一歩下がって冷静に聞く必要があるのかもしれません。

アメリカにおいて、日本のアニメ、とりわけポケモンが一世を風靡したのは事実ですが、それにはアメリカのメディアの事情によるものが大きく、「偶然の産物」だったと海部さんは書いていました。

ポケモンが流行った頃、テレビメディアの規制変更によって(一定の比率で子供番組を流すと、放送ライセンスの取り扱いに優遇を与えるという政策によって)、「子供番組」の特需があったにもかかわらずコンテンツ制作が追いつかなかったため、窮余の策として手っ取り早く輸入して流さざるを得なかったという業界事情があったのだとか。その結果、たまたま(?)ポケモンがヒットしたというわけです。

しかし、ポケモン以後、日本のアニメの影響力はむしろ低下の一途を辿っているように見える、と書いていました。どうやら一部のオタク市場の中にある「ジャパン・クール」を過大視しているのが実態のようです。海部さんはそういった状況をつぎのように辛辣に書いていました。

(前略)たまたまアメリカや他のポテンシャルの高い国が手薄だったときに、日本が頑張って金メダルを取ったけれど、その後他の国が本気を出してきたらあっというまに沈んでしまったバレーボールみたいなものに見えるのである。ポケモンの流行は、一過性の「東洋の魔女」だったように見えるのである。

それなのに、まだ日本の新聞などでは、「日本はアニメが強い」「日本のアニメで、ジャパン・クールが受けている」と言い募っているのを聞くし、役人がそれに便乗して税金を無駄に使って不必要な仕事を作り出しているようだ。


もちろんこれは国立メディア芸術総合センター構想のはるか前に書かれていますが、けだし慧眼ですね。

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2009.06.20 Sat l 社会 l top ▲
「金を使え、ものを買え」という政府の掛声に乗せられて、相変わらず散財の日々を送っています。あれから春夏もののジャケットも誂えました。これで、今年に入ってなんと3着目です。紺のウインドベンの結構お気に入りの(もちろん、アメリカントラッドの)ジャケットなのですが、同時進行でダイエットをしていたため、出来上がりを見ると胴回りがややゆったりしている感じで、袖口もちょっと長く感じられました。

もちろん、「直し」もきくのですが、わざわざ持っていくのは面倒臭いので、近所の「仕立て直し」をやっているところで袖口だけ詰めてもらうことにしました。よく利用するスーパーの近くに、門のところに小さく「仕立て直し」の看板を下げている家があったので、とりあえず、ヤフーの電話帳で電話番号を調べて電話してみました。すると、案の定、実物を見てみないとわからないという返事でしたので、実物を持って行くことにしました。

で、件の家に行って、玄関で「すいません、先ほど電話した者ですが‥‥」と言うと、奥から出て来たご婦人が怪訝な顔をして、あきらかに戸惑っている様子でした。

「あの〜、○○さんのお宅では?」
「いえ、違いますよ」
「エッ、仕立て直しの○○さんではないのですか?」
「ああ、それならその線路の先の方ですよ」
「エッ」

つまり、同じ「仕立て直し」をやっている家でも、私がそうだと思い込んでいた家と電話した家は違っていたのです。

そうなると、私の本領発揮です。
「ああ、そうですか。まあ、いいや。面倒臭い」「実はこのジャケットの袖口を詰めてもらいたいんですよ」

正直そうなご婦人は、「○○さんでなくていいのですか?」
「いいです。いいです。電話しただけですから」

電話した○○さんには申し訳ないことをしましたが、このように最近はとにかくなんでも面倒臭くて、いい加減になっている自分がいます。ただ「金を使え、ものを買え」と言うだけのどこかの国の政府と同じで、これは末期症状なのかもしれません。

>>お金が全てではない

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2009.06.19 Fri l 日常・その他 l top ▲
東芝太尾アパート1

以前、「東芝太尾アパート」のキーワードでアクセスしてきた方がいらっしゃいました。どうしてこのキーワードでヒットしたのか不思議ですが、大倉山から菊名に向かう途中の裏道にこの東芝太尾アパート(正確には”東芝太尾家族アパート”)があります。

ところが、先日、前を通ったら、既に建物は無人と化し入口が板で封鎖されていました。以前、山本哲士さんが、ご自身のブログ「ホスピタリティの場所」で「日常にしみこむ金融危機の波及」と題して、「スイスもついにおつりをごまかしはじめた」話を書いていましたが、このアパートの封鎖もやはり金融危機と関係があるのでしょうか。

東芝太尾アパート2

実際に住んでいる人間から言えば、その理由がいまひとつわかりませんが、住宅地として人気のある大倉山には昔は社宅も多くあったようです。友達の話では、全日空の女子寮があったのだそうで、ウソかホントか「よく車で迎えに行ったよ」と言ってました。また、別の知人も、以前勤めていた中央官庁の外郭団体の職員住宅があったとかでなつかしそうに話していました。東芝の社宅もそのなごりだったのかもしれませんね。

駅近辺は昔からの細い路地が縦横に走っており、人気の住宅地(!?)にあるまじき歩行者と自転車のトラブルが絶えませんが、その中に古い木造のアパートが建っている一角がありました。駅から数分の場所にもかかわらず、まるでそこだけは時代から取り残されたようにノスタルジックな雰囲気を漂わせていました。ところが、そのアパートもいつの間にか取り壊されて更地になっていました。あのアパートには何人かのひとり暮らしのお年寄りが住んでいたはずですが、皆さんどうしたんだろうと思いました。区役所はちゃんとフォローしたのでしょうか。やや心配ですね。

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2009.06.15 Mon l 横浜 l top ▲
最近、もの忘れがひどくなりました。老化現象がはじまったのでしょうか。右手の指先もずっとしびれたままだし、細胞がどんどん死んでいるのが目に見えるようです。ときどき背中がやたら痒くてならないのですが、友達にその話をしたら「それは老人性皮膚掻痒症だ」と言われショックを受けました。なんでも年齢に結び付けれられるのは悔しいですが(しかも、必ず「老」の文字が入る)、これも寄る年波には勝てないというわけでしょうか。

今日も郵便局で郵便物を出そうとしたら、ふと、代金引換郵便を持ってくるのを忘れたことに気づきました。「あっ、忘れた!」と素っ頓狂な声を上げたので、窓口の職員から「大丈夫ですか?」と言われてしまいました。

そのあと、伊勢佐木町の有隣堂に行きました。詩人の鈴木志郎康さんの詩で、鈴木さんの地元である亀戸(江東区)をうたった詩があったことを思い出し、無性に読みたくなったからです。たぶん高校生の頃に読んだのではないかと思います。鈴木さんの詩集も持っているはずなのですが、なにせ部屋中本の山でどこにあるかわからないため、探すより買った方が手っ取り早いのです。

ところが、帰りの電車で、ほかの本は買ったものの、肝心な『鈴木志郎康詩集』を買うのを忘れたことに気づいたのでした。何のために有隣堂に行ったのか、自分でもただただ呆れています。

また、最寄り駅に着いてから、醤油を買わなければと思ってコンビニに寄ったのですが、帰宅してから今度は肝心な醤油を買うのを忘れたことに気づいたのでした。コンビニに入る前までは「醤油」「醤油」と頭の中でお題目のように唱えていたのですが。

こんな感じで、今日は肝心なものはなにひとつ買えないままでした。これは、前頭葉の神経細胞がまとまって死んでいる証拠なのかと思ったのですが、ものの本によれば、もの忘れを思い出すというのは脳が健康な証拠なのだとか。なんだかややこしい話ですね。

以前、大庭みな子さんが対談かなにかで、ものを忘れるというのは神様からのプレゼントだというような話をしていたのを読んだことがあります。ものを忘れることで人間は救われているのだと。なるほどそうかもしれません。ものを忘れることで苦悩から解放されるということはあるでしょう。認知症がすすんだお年寄りを見ていると、そう思う(そう思いたくなる)ことがあります。しかし、その一方で、忘れたいと思っていることに限って、記憶の根が深くなかなか忘れることができないという面もあります。もっとも、そうやって神様が気まぐれなのは、まだ若い証拠なのかもしれませんね。悲観するにはまだ早い?

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2009.06.11 Thu l 日常・その他 l top ▲
開港150周年の横浜。開国博Y150のベイサイドエリア、新港パーク近辺を歩きました。それにしても、平日とは言え、ご覧のとおりおせいじにも盛り上がっているとは言い難い状況です。どう見てもフジテレビのお台場冒険王(?)に負けています。

地元紙や情報誌はいつものように提灯記事ばかりですが、好きな人とだったらどこへ行っても楽しいでしょうから、好きな人と一緒ならいいかもしれません。実際にその手のカップルが多かったように思います。ちなみに、横浜市は市内の小学生の3年生以上を強制的に学校単位で見学させているそうです。

ところで、開港50周年のときは森鴎外作詞による「横浜市歌」が作られ、開港100周年のときはマリンタワーが建てられたのですが、さて、150周年の目玉は何なのでしょうか? まさか、あの巨大クモとか? 

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今月オープンした象の鼻パーク。

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クイーンの塔(横浜税関庁舎)

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キングの塔(神奈川県庁)

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記憶の積層・1

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記憶の積層・2

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記憶の積層・3

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記憶の積層・4

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ワールドポーターズ

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汽車道・1

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汽車道・2

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2009.06.08 Mon l 横浜 l top ▲
私の知り合いの女の子で、本をほとんど読まないという子がいます。彼女は誰もが知っている難関大学を卒業した才媛なので、その話を聞いたとき、俄かに信じられませんでしたが、本人によれば、高校時代に推理小説を一冊読んだことがあるきりだそうです。

活字中毒の私から見れば、まるで異星人のように思えますが、現実にそういった若者は少なくないようです。ただ、一方で、彼らはネットに対する依存度は非常に高く、なんでもすぐネットで検索して調べることが半ば習慣化しています。あるとき彼女が得意分野であるはずの理数系の問題に関して質問した(というか、彼女の見解を質した)ところ、なにやらネットで調べはじめたのでした。どうしたんだろうと思って画面を覗いたら、なんと「教えてgoo」で調べていたのです。だったら最初からあなたには訊かないよと思ったのですが、そのときは黙っていました。

ところが、梅田望夫さんはこういった若者達を肯定的に見るのですね。別に自分の頭の中に知識を入れておく必要はなく、ネットにあればいつでも取り出し可能だし、またネットでは大衆の叡智によって日々高度な知識が蓄積されているので、その方が合理的だというようなことを書いていました。ネットに高度な知識が蓄積されているかどうかはともかく、私は、これは「コピペすりゃいいんだ」と言っているのと同じではないかと思いました。人間というのは、自分の頭でものを考え、自分の言葉で表現することが大事だと思ってきましたが、ややオーバーな言い方をすれば、もう自分の言葉を持つ必要はない、自分の意見もネットで見つければいいんだ、と言われているような気がしないでもありません。そう考えると、これは人間のあり様に関わる根本的な問題を含んでいると言えるのかもしれません。

誰かも言ってましたが、もやは人間は「考える人」ではなくただの「調べる人」になった感じです。人間というのは生きていると、ときに頭をふりしぼって、それこそ頭がおかしくなるくらい考えなければならないときがありますが、もはやそんな苦悩とは無縁なのでしょうか。

藤原智美さんは『検索バカ』(朝日新書)の中で、最近の学生はレポートもネットからコピペして作成し、それを平気で提出するので、大学の教官が頭を抱えているという話を紹介していましたが、さもありなんと思いました。大学のレポートだけでなく、ブログなども、今朝何を食べてどこへ行ったというような極私的なもの以外は大半(と言ってもいいくらい)がコピペです。

それはブログだけでなく、アマゾンのカスタマーレビューや映画評なども同様です。中には実際に本を読んでなく映画も観てないで書いたとしか思えないようなものも多く含まれています。グルメのブログでも、実際に行ってみると、そんなにおいしいとは思えないのに、ネットではどうして揃いも揃って似たような評価ばかりなんだろうと思うことがあります。もしかしたら、当人達にとってはそれが当たり前すぎて、今さらコピペしているという意識さえないのかもしれません。ところが、アマゾンのカスタマーレビューを見てその本を購入するかどうか決めたり、中にはもうそれだけで読んだつもりになる(わかったつもりになる)という人もいるそうですから、何をかいわんやですね。

梅田さんはその後、水村美苗さんの『日本語が滅びるとき』(筑摩書房)の書評をめぐってネットからシッペ返しを受ることになるのですが、実際に読んでない人間があたかも読んでいるかのようにいっぱしの意見を言うことができるのがネットなのですね。ただ、何度も同じことをくり返しますが、「ネットではご飯は食べられない」ので、やがてリアルすぎるくらいリアルでシビアな現実(人生の現実)に身を晒されたとき、自分の言葉を持ってないことの深刻さを痛感することになるのではないでしょうか。人生というのは、生きていく中で遭遇するさまざまな出来事をいわば批評することでもあるのですから、それは人が人である限り避けて通れない問題でもあります。そして、そのとき、ネットは所詮ネットにすぎなかったんだということに気が付くのかもしれません。しかし、団塊ジュニアではありませんが、それではもう手遅れでしょう。

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2009.06.06 Sat l ネット l top ▲
その後の「ダイエットのある生活」も依然として10キロ減の体重をキープしており、順調に推移しています。と言っても、苦行のようなストイックな食生活をしているわけではありません。たまにですが、大分県人が好きな鶏のから揚げも食べていますし、暑い日はアイスクリームも食べています。朝と夜のメニューは逆にしていますが、食事も三食きちっと食べています。

散歩はたまにしているだけで、とにかく普段の生活の中で歩くことを心がけています。今までは出かけた途中で買物をする際も、なるべく荷物が重くならないように考えて買物したものですが、今は逆に重い方が好都合だと思うようになりました。東横線の横浜駅でエスカレーターに乗客が殺到し、中国の都市のような醜い光景が繰り広げられているときも、それを横目で見ながら階段を利用すれば精神衛生上も好都合です。

私の経験から言えば、食事制限や散歩やジョギングやスポーツジムというのは、あくまで”従”で補助的なものと考えた方がいいように思います。でないと、義務感が生じて挫折するお決まりのコースを辿ることになるような気がしますね。

いずれにしても、この状態をしばらくキープして、さらにあと5キロ落とそうかと思っています。今の体重は15年前のレベルですが、あと5キロ落とせば20年前のレベルにまで戻りますから。

かくしてあの過ぎ去りし青春の日々に向って「ダイエットのある生活」はまだまだつづきます。

>>ダイエットのある生活
>>いつまでもメタボと思うなよ

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2009.06.04 Thu l 健康 l top ▲
このところなんだか「年を取った」話がやたら多くて恐縮ですが、昨日も「年を取ったな〜」と痛感する出来事がありました。

郵便局に代金引換郵便を出しに行ったときのことです。若い男性の職員がいたブースに行き、郵便物を差し出すと、彼は戸惑った感じで封筒の上に貼ってあるラベルをめくって裏の文面を読みはじめたのです。ふと、彼の胸を見ると「研修中」の名札が下がっていました。

私は咄嗟に「こりゃダメだ」と思いました。というのも、この時期になると、郵便局に新しく入った職員達が研修と称して窓口に座っていることが多く、そのたびに同じような質問を長々とされて、ほぼ毎日郵便局に通っている私はいい加減うんざりしていたからです。切手や葉書の販売などはさすがにスムーズにいくみたいですが、取扱い頻度の少ない代金引換郵便などになると途端に手が止まってしまうのです。先日などは確認のために何度も奥に引っ込んで、なんと1通の代金引換郵便を出すのに10分近くもかかったことがありました。

それで、私は、「こっちに頼むからいいよ」と言って、いきなり新人職員の彼から郵便物を取り上げると、隣のブースの女の子に「これ、お願い」と渡したのでした。郵便物を取り上げられた彼はまさにハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていました。

口はばったいことを言うようですが、先日の『週刊ダイヤモンド』でも特集されていたように、郵政民営化と言っても所詮は巨大な独占企業が生まれただけですから、かんぽの宿売却問題で垣間見えたような利権の問題も含めて、非常にいびつな形で民営化がすすめられているような気がしてなりません。民営化は自分達に都合のいいところだけで、都合の悪いところ(競争のないところ)では相変わらず「お上」の商売がまかりとおっています。だって、1通の郵便物を処理するのに10分近くもかかっているのを上司が見て見ぬふりをするなど、サービスを生業とする民間企業だったら考えられません。

とは言え、そのあと「自分も年を取ったな〜」としみじみ思いました。若い頃だったら、胸の中で舌打ちをしながらも我慢して新人の彼に付き合ったことでしょう。しかし、最近は我慢できなくて即行動ということが多くなりました。その堪え性のなさや図々しさや厚かましさは、やはり年齢からくるものではないでしょうか。オバサン化ならぬオヤジ化している証拠ですね(そう言えば、最近やたらと酢の物が食べたくなりますが、あれもオヤジ化?)。そのうち「暴走老人」(藤原智美)なんて言われるようになるのかもしれませんね。

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2009.06.01 Mon l 日常・その他 l top ▲
ヘレン・メリル

ネットの仕事は深夜にすることが多いのですが、そのときはいつもヘッドホーンで音楽を聴きながらやっています。そのときの気分によって、宇多田ヒカルであったり中森明菜であったりローリング・ストーンズであったり大西順子であったりするのですが、今夜はヘレン・メリルを聴いています。今夜は何故かヘレン・メリルを聴きたくて仕方ありませんでした。

ジャズ・ボーカルがやけに心に滲みるときがあります。最近は若いときほどジャズを聴いていませんが、ときどきふと、無性にジャズを聴きたくなることがあります。ロックは外向きだけど、ジャズは内向きだと言った人がいましたが、なんとなくわかりますね。また、ジャズは好きだけど、ジャズ喫茶やジャズファンは嫌いだと言った人もいましたが、それもわかりますね。

若い頃、アルバイトのお金が入ると高円寺の古本屋に行って、筑摩書房から出ていたドフトエフスキー全集を1冊づつ買いそろえていた時期がありました。そのあとは必ず高円寺の裏通りにあったジャズ喫茶に行って、わくわくしながら買ったばかりの本をめくったものです。私に限らず、そんなロシア文学とジャズが近しい時代がありました。

その店では、いづれも私より上の世代でしたが、社会からドロップアウトしたような個性的な人達が集まっていました。俳優の天本英世さんもよく見かけましたが、工事現場で働いてお金が貯まると海外を放浪し、たまにしか顔を見せない人や未だに政治的な運動に関わっていて、のちにみずから命を絶った人もいました。みんな、そうやって人生に苦闘していたのだと思います。

外は昨日からの雨がつづいています。やはり若い頃に読んだスコット・フィッツジェラルドの『雨の朝パリに死す』という小説を思い出しました。そう言えば、フィッツジェラルドもジャズ・エイジあるいはロスト・ジェネレーションと呼ばれていましたが、この小説のバックに流れているのも間違いなくジャズですね。

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2009.05.30 Sat l 文化・芸能 l top ▲
称名寺

横浜出身のモデル・小泉里子さんが、ラジオ番組の中で、地元のオススメスポットとして、金沢区の称名寺をあげていましたので行ってみました。

シーサイドラインの「海の公園柴口」で下車して、海の公園とは反対の坂道を上り、住宅街の中を5〜6分歩くと、称名寺の赤門が見えてきました。ちなみに、「海の公園柴口」の隣が「八景島」で、私が生涯でいちばん恐怖を味わったジェットコースターのある八景島シーパラダイスは海の公園の対岸にあります。

赤門をくぐると参道が伸びており、両隣は昔からの民家が軒を並べていました。中には参拝客相手に食べ物屋を営んでいる家もありましたが、平日でしたので、どこも店は閉まっていました。参道の先には仁王門があり、現在は通りぬけることができません。仁王門と言うからには当然、中から阿吽像(金剛力士像)が睨みをきかせていました。

仁王門の横から境内に入ると、まず、阿字(あじ)池と朱塗りの反橋が目に飛び込んできました。反橋と言えば、個人的には川端康成の小説を思い出しますが、川端康成の小説の舞台は大阪の住吉大社の橋なのですね。阿字池は、思ったより大きな池ではありませんでしたが、昔はもっと小さくて、これでも整備されて大きくなったのだそうです。庭園は「浄土式庭園」という平安末期の様式で、きれいに整備されており、年に数回ライトアップされるそうです。平日の午後でしたので、境内は人もまばらで、ほとんどが犬の散歩をしている近所の人達でした。

称名寺の背後は市民の森となっており、緑豊かな山林がつづいていました。昔は称名寺は山の中腹にあったのでしょう。しかし、今は駅からつづく坂道のまわりは典型的な新興住宅地になっています。隣には称名寺と縁の深い金沢文庫がありますが、残念ながら時間がなかったので、今回はパスせざるを得ませんでした。

小泉さんは、称名寺にはなんとも言えない空気感があると言ってましたが、それにはやはり、人の少ない平日がおすすめです。木陰のベンチに座って、静謐な時間が流れる境内の風景を眺めていると、しばし日常の些事も忘れ肩から力がぬけていくような気がします。

帰りは、来たときとは逆の坂道を下って京浜急行の「金沢文庫」の駅を利用しました。やはり、京急の方が古いので、京急側の住宅地は年季が入った建物が多く、私はふと、『歩いても 歩いても』の風景を思い出しました。もっとも、金沢文庫の住宅地は海とは反対側なので、坂道を下ると海が見えてくる『歩いても 歩いても』の舞台は、隣の金沢八景あたりではないかと言われていますが。

坂道を下っていると、私の前をひとりの老人が歩いていました。白い開襟シャツに綿のズボンをはいて、やや背中が丸まった白髪の紳士でした。しばらく歩くと、老人は生垣に囲まれた古い家の門の中に入って行ったのです。その門の上には文字もほとんど消えかかった板の看板が掲げられいました。門の中では、やはり年老いた男性が中腰になって花樹の手入れをしていました。前を通りすぎるとき、「先生、どうもすいません」「いえ、いいんですよ」といった会話が耳に入りました。年老いて廃業した町医者とそこにやってきた昔からのなじみの患者。私は、(やや強引ですが)なんだか『歩いても 歩いても』のシーンが再現されているような錯覚さえ覚えました。

こういった古い住宅地を歩いていると、子供の頃を思い出します。もうこういったほのぼのとした生活は望むべくもないのですね。そう思うと、なんだかさみしい気持になりました。

帰って駅の近くのスーパーでレジに並んでいたら、うしろの主婦が何度もカートを私にぶつけるのです。ぶつかっているのはわかっているはずですが、知らんぷりなのです。スーパーのレジや駅の券売機などでやけに前の人間をせかせる、この手の人間はよくいますが(そのくせ自分のときはゆっくり財布にお金を戻したりしてまったく気を使わないけど)、いい加減頭にきたので、「ぶつかってますよ!」と言ったら、「この人、なに?」みたいな顔をしてむくれていました。道を歩いていて自分からぶつかっても、相手を睨みつけるようなタイプの人なのでしょうが、今日はよけい「ああ、(まだ人々にデリカシーがあった)昔がなつかしいな〜」なんて思ったりして、いつの間にか回顧主義者になっている自分がいました。


称名寺1

称名寺2

称名寺3

称名寺4

称名寺5

称名寺6

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2009.05.26 Tue l 横浜 l top ▲
花粉症ということもあって、私は1年の半分くらいは外出するときはマスクをしていますが、手持ちが残り少なくなったので、買いに行ったところ、新型インフルエンザの影響でどこも売り切れでした。何軒かのドラッグストアやスーパーをまわったのですが、いづれも棚は空っぽでした。

それで思い出したのですが、今朝、まだ開店前だというのに駅前のドラッグストアの前に行列ができていたのです。私は「セールかな?」と思っていたのですが、あれはマスクを買い求める人達だったのですね。テレビのニュースでも、患者が入院している病院の前からレポートする記者が、これみよがしにマスクをしているのを目にしますが、いくらなんでもそれはやりすぎだろうと言いたくなりますね。

アメリカなどでは新型インフルエンザも普通の風邪と同じような受け止め方しかしてないそうで、それはそれで問題があるように思いますが、一方でこの国の過剰な反応には、記者のマスク姿に象徴されるように、ある種の異様ささえ覚えます。特に、ニューヨークに行った川崎市の高校の生徒が感染した件で、学校側の対応に批難が集中し、いわゆる”学校叩き”が行われているのを見るにつけ、若い頃に流行った「差別と排除の力学」「テロルとしての日常性」という言葉を想起せざるを得ませんでした。まさにそこにはニッポン社会特有の「世間」がむき出しになって露出しているように思います。

たまたま今夜、J-WAVEを聴いていたら、番組の中で、厚生労働大臣の専門家チームの一員である神戸大学医学部の岩田健太郎教授に電話インタビューしていましたが、その中で情報の公開ということに関連して、岩田教授が「感染した方の学校がどこで、職業がなんで、どういった行動をしたかなどは、専門的な見地から見るとほとんど意味がなく、あれは単に興味本位なもので、患者さんにはお気の毒な話ですね」と言っていたのが印象的でした。今にはじまったことではありませんが、そうやって俗情と結託して「世間」を煽っているのは誰なのか、私達は冷静になって考える必要があるのではないでしょうか。

それにしても、はてなダイヤリーに「神戸大学の岩田健太郎教授の言葉にぐっときている今〜H1N1の世界的流行の中で」という記事がありましたが、岩田教授の話には示唆に富んだものが多く、私もいろいろと考えさせられました。

新型インフルエンザに関する情報についても、岩田教授は、「成熟とはあいまいさを受け入れることだ」というフロイトの言葉を引き合いに出して、「あいまいさを受け入れることが大事」だと言ってました。情報というのは常にグレーなもので、白か黒か、いいか悪いか、やるかやらないかをはっきり言えるものではないと。しかし、「世間」の同調圧力というのは、白か黒かいいか悪いかはっきりした解答を求める傾向があります。そういった単純明快さを至上とし(単純明快でなければ理解できない?)、付和雷同して極端から極端に走るような考え方の先にあるのは、ネットで日々くり返されているような犯人探しと村八分的な「差別と排除の力学」による「テロルとしての日常性」です。

また、新しい情報には必ずガセネタも含まれているので、情報を鵜呑みにしてはならないと言ってました。だからと言って、有益な情報もあるので完全に無視するのではなく、「適切な猜疑心」を持った「中腰の姿勢」で向き合うことが大事だと。これはネットを考える上でも参考になるように思いました。

ものごとを冷静に受け止めることができるというのは、それだけ知性や見識があるからです。そう考えるとき、マスコミも含めて、まるで悪魔でもやってきたかのようにことさら大騒ぎをしているのがどういうタイプの人達であるかは今更言うまでもないように思います。

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2009.05.22 Fri l 社会 l top ▲
壱万円札

定額給付金・ハイブリット車購入資金の助成・高速料金の千円均一・省エネ家電のエコポイントなど、いわゆる麻生内閣の景気対策を見るにつけ、かつて故・江藤淳氏が「国家・個人・言葉」(講談社学芸文庫『アメリカと私』所収)に書いていた、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金をためろ、輸出を伸ばせ、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」(引用文の順序は小熊英二著『<民主>と<愛国>』新曜社より孫引き)という文章を思い出しました。

さしずめこれをもじって言えば、「倫理の源泉であることを引き受けたがらぬ国家は、ただ金を使え、ものを買え、というだけである」「個人は、したがって孤独であり、なにをもって善とし、なにを悪とするかを知らない。人はただ生きている」と言うべきかもしれません。国家主義者ならずとも「この国は大丈夫か?」と思ってしまいますが、しかし、かく言う私も偉そうなことは言えないのです。「唯物功利の惨毒」(夢野久作)におかされ、このところやたら散財しています。その意味では、従順なニッポン国民と言えるのかもしれません。

「貨幣の物神性」という言葉がありますが、この高度資本主義社会に生きる私達は、常にお金に縛られて生きるていると言っても過言ではありません。新聞に出ている事件の多くはお金にまつわるものです。お金の悩みは尽きないし、ときにお金の悩みほど深刻なものはありません。わずか数万円のお金のために人を殺す者さえいるほどです。お金の前にはなにが「善」でなにが「悪」なんて考えることさえ無力な気がします。

誰しも「ああ、もっとお金があればなぁ〜」と天を仰ぎ溜息を吐いたことはあるでしょう。「幸せはお金で買えると思いますか?」と質問されても、「そうは思いません」とはっきり答えることのできる人は少数ではないでしょうか。「人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ」というのはチャップリンの有名なセリフですが、この現代社会では「ほんの少しのお金」ではとても幸せになれそうもありません。

吉本隆明さんと中学時代の同級生だった川端要壽氏の『堕ちよ!さらば―吉本隆明と私』(河出文庫)という本に印象深い話があります。失業中であるにもかかわらず、友人や知人、親戚などに寸借詐欺まがいに金を無心しては競馬場通いをして、すっかり身を持ち崩してしまった筆者は、ある日、吉本宅を訪ね、意を決して三千円(昭和38年の話)の借金を申し入れたのだそうです。すると、吉本さんはこう言ったのだとか。

(前略)吉本は千円札を三枚、私の手に握らせると言った。
「俺のところもラクじゃない。しかし、この金は返さなくてもいいんだ。なあ、佐伯(注:筆者のこと)。人間ほんとうに食うに困った時は、強盗でも何でもやるんだな」


この言葉はなんだか親鸞思想を彷彿とさせますが、お金について、あるいは生きていくということについて、深く考えさせられるものがあるように思います。

お金に苦労したからお金が全てだと考えるのか、それとも、お金に苦労したからお金が全てではないと考えるのかでは、大きな違いがあります。常にお金に縛られて生きることを余儀なくされているからこそ「お金が全てではない」と言いたい気持はありますが、しかし、そう言い切るにはまだまだ人生の修行が足りない気がしますね。

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2009.05.18 Mon l 日常・その他 l top ▲
ウェブはバカと暇人のもの

光文社新書の4月の新刊『ウェブはバカと暇人のもの−現場からのネット敗北宣言』(中川淳一郎著)と『ヤンキー進化論−不良文化はなぜ強い』(難波功士著)が面白かったです。新横浜駅の三省堂書店で購入したのですが、同店の新書のコーナーでもこの二冊はよく売れているようでした。

『ヤンキー進化論』については、後日あらためて書こうと思っていますが、ネットに関しては、私は仕事の関係で1日の多くの時間をネットですごしている、いわばネットのヘビーユーザーと言ってもいいかもしれません。そんな私から見ると、どうしても衆愚化した面ばかりが目に付いてならないのです。

私はインターネットの前は、ワープロでパソコン通信をやっていました。東芝のルポというワープロに秋葉原で買ってきたモデムをつないで、ニフティサーブのフォーラムなどによく出入りしていました。田口ランディさんを知ったのもその頃です。パソコン通信は最盛期でも恐らく100万〜200万人くらいの規模だったのではないかと思いますが、それでもごく限られた人達の世界でしたので、衆愚化とはまったく無縁でした。それに比べれば、今のネットは散々たるものだと言わざるを得ません。

まして『ブログ論壇の誕生』(佐々木俊尚著/文春新書)などと言われると、「どこが?」と突っ込みを入れたくなります。実際に『ブログ論壇の誕生』の巻末でリストアップされている、「オピニオンリーダーになるような」著名ブログの一覧を見ても、とてもじゃないが「論壇」なんて片腹痛いと思いました。むしろ、私は、『ウェブはバカと暇人のもの』の著者の中川氏がまえがきで書いていた、次のような意見に同意せざるを得ません。

悲しい話だが、ネットに接する人は、ネットユーザーを完全なる「善」と捉えないほうがいい。集合知のすばらしさがネットの特徴として語られているが、せっせとネットに書き込みをする人々のなかには凡庸な人も多数含まれる。というか、そちらの方が多いため、「集合愚」のほうが私にはしっくりくるし、インターネットというツールを手に入れたことによって、人間の能力が突然変異のごとく向上し、すばらしいアイデアを生み出すと考えるのはあまりに早計ではないか?


これは、インターネットのニュースサイトの編集者の立場から見た文字通りの実感なのでしょう。

「ネットで流行るのは結局『テレビネタ』」だとか、「ネットはプロの物書きや企業にとって、もっとも発言に自由度のない場所」だとか、「ネットが自由な発言の場と考えられる人は、失うものがない人だけである」などというのは、よくわかる話ですね。また、今は亡きナンシー関さんがもしあの辛口コラムをブログでやったら、すぐ炎上してうまくいかないだろうという話も、かつて『噂の真相』の彼女のコラムを愛読していた人間としては、わかりすぎるくらいよくわかる話でした。(ちなみに、『ヤンキー進化論』でも冒頭から彼女のコラムが取り上げられていましたが)

インターネットの技術についても、中川氏によれば、2ちゃんねる管理人の西村博之氏は自著『2ちゃんねるはなぜ潰れないか?』(扶桑社新書)の中で、「昔からあったさまざまな技術を、さまざまな営業サービスを駆使して見せ方を変え、売っているにすぎないのです。」「今後インターネット技術では発明は生まれないでしょう。」と書いているそうですが、新しいサービスが出るたびに「すごい!」「乗り遅れたら大変だ!」と騒いでいるのは、腹に一物の業界関係者やIT関連のメディアなどに煽られ「ネットに過度の期待をしている(させられている)」人達で、ホントにネットに通じている人は案外さめた目で見ているのではないでしょうか。

私達は、ネットに対するさまざまな幻想を一度疑ってみる必要があるのかもしれません。そして、ネットにふりまわされるのではなく、ネットという便利なツールをうまく活用するためにも、「たかがネット」との正しい付き合い方をもう一度考えるべきかもしれませんね。その際、次のような含蓄のある言葉は参考になるように思います。

ネットは情報革命の主役ではない。あくまでも電話を頂点とする情報革命の第二段階以後の担い手でしかない。
(中略)
ネットは便利である。こんな便利なものは本当に珍しい。だが、電話ほどの画期性はない。ネットがない時代も日本は成長していた。高度成長期にもバブル期にもネットはなかった。その程度なのである。だから、その程度の期待値で良いのである。あくまでもさまざまなものを本当に便利で効率的にしてくれただけだ。電話によってもたらされた「革命」のあとに来た「繁栄」を担っている程度である。


ネットがない時代にもともと優秀だった人は、今でもリアルとネットの世界に浮遊する多種多様な情報をうまく編集し、生活をより便利にしている。ネットがない時代に暇で立ち読みやテレビゲームばかりやっていた人は、ネットという新たな、そして最強の暇つぶしツールを手に入れただけである。


>>ウェブ時代

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2009.05.12 Tue l ネット l top ▲
ダイエット

ダイエットのその後ですが、10キロ減という目標をほぼ達成しました。問題はこれからですね。過去の経験から言っても、この体重をどう維持していくかがいちばんの問題です。目標を達成したからといって安心すると、また情け容赦ないリバウンドが待っています。これからも、ややペースをゆるめながら、いわば「ダイエットのある生活」をつづけていかなければなりません。この大衆消費社会に生きる身としては、そうやってみずからの欲望をコントロールするしかないのです。

ちなみに、私のダイエット法はふたつポイントがあります。ひとつは、朝と夜の食事を逆にすることです。もうひとつは、一日に1万5千歩歩くことです。特に、歩くことについては、散歩だけで1万5千歩を歩くというのはかなり時間もかかりますし、それに毎日そうやって散歩しなければと考えると義務感が伴い苦痛になってきます。それで、散歩にこだわらずに、とにかく日常生活の中で歩くことを心がけるのが最善の方法です。まして東京のような都会で電車通勤などをしている場合は、ちょっとした心がけさえあれば1万5千歩なんて簡単にクリアできます。

にもかかわらず、階段を使わずに横から割り込んででもエスカレーターに乗ろうとしたり(東横線の横浜駅!)、電車に乗れば人を押しのけて座席に座ろうとするのは、もったいないなと思いますね。その一方で、ナイロンのジャージを着て首にタオルを巻き、公園の中を歩いたりジムに通ったりと、まるで苦行のようなダイエットをしている姿を見るにつけ、もっと日常生活を工夫すればその方が楽なのにと思ってしまいます。

と、友達にこんな話をしたら、「はい、はい、あんたが大将」と言われました。

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2009.05.07 Thu l 健康 l top ▲
ネイビージャケット

この春は街角でネービーのジャケットを着ている女の子を多く見かけます。と言って、いわゆるリクルート服ではなく、金ボタンがついたドラッドなデザインで、やや丈が短いのが特徴ですね。ユニクロのサイトで見たら、胸にワッペンがついているデザインで、なんと2980円で売ってました。信じられない値段ですね。

と言うのも、私は、春夏もののネイビーのジャケットをクリーニングに出したら、裾の方がほつれているのに気付いて、急遽、新しいジャケットを誂えることにしたのですが、これがユニクロのジャケットだと数十枚買える値段なのです。もちろん、既製品ならメンズでも安いものはいくらでもありますが、何度も言うように、縦に長いトールサイズなので、既製品であっても、新宿の伊勢丹のメンズ売り場で売っている海外のブランドものくらいしかないのです。

ちなみに、靴のサイズは28センチです。靴に関しては今は困ることはありませんが、昔はやはり苦労しました。まして、九州にいた頃は店頭で見つけるなんて皆無でした。それで、リーガルの専門店からカタログをもらって、カタログで注文して取り寄せてもらっていました。リーガルは普通よりワンサイズ大きかったので、リーガルの27センチだとちょうどよかったのです。

以前、私の悩みを聞いた女の子から、某ファッションメーカーのサンプルバーゲンの招待状をもらったことがあります。主にヨーロッパから輸入したサンプル品を格安で処分するのだそうで、やはりサイズで困っている外人のモデルなどもたくさんやってくるので、サイズの合うのがあるんじゃないかと言うのです。

それで、会場のホテルに行ったら、まず外人のモデル達のパワーに圧倒されました。彼らは試着室などには行かず、その場で手当たり次第に試着するのでした。草なぎ剛ではないですが、ビキニのパンツひとつで平気でウロウロしていました。

たしかにサイズも合うし、イタリアのブランドものが驚くほど格安で買えたのですが、ただ、私のような着たきり雀の東洋の貧乏人にはやはり高級すぎました。どれも生地がやわらかくて繊細なのです。そのため、毎日着ていると、すぐ擦り切れてしまうのでした。特に、ポケットとお尻が傷みました。それでもなんとかソプラーノとかいったイタリアのブランドものですから、あるとき、友達の買物に付き合って原宿のショップに行ったら、店員から「ファッション関係の方ですか?」と訊かれたことがありました。友達に聞こえないような小さな声で「ええ、まあ」と答えましたけど。地方出身者の哀しい性(さが)ですね。

>>おしゃれをする

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2009.04.25 Sat l 日常・その他 l top ▲
私はほとんど決まったブログしか読みませんが、普段あまり読まないブログでもたまにのぞいてみると、思わず膝を叩くような文章に出くわすことがあります。最近の収穫は、毀誉褒貶の激しい元NHK職員にして経済学者の池田信夫氏がみずからの「池田信夫blog」に書いていた次の文章です。(引用してページを埋めます)

(前略)かつては誰にでもチャンスはあり、一生懸命働けば報われるという希望があったが、もう椅子取りゲームの音楽は終わった。いま正社員という椅子に座っている老人はずっとそれにしがみつき、そこからあぶれた若者は一生フリーターとして漂流するしかない。だから彼らは意外に「正社員になりたい」という願望をもっていない。気楽なフリーターに順応すれば固定費も少なく、それなりに生活できるからだ。

この状況から「派遣村」のように労働組合と連帯しようという方向と、赤木智弘氏のように「戦争」を求める方向の二つにわかれる。前者のほうが建設的にみえるが、実はその先には何もない。彼らが連帯を求めている労組は、椅子にしがみついている人々だから、同情して仮設住宅を世話してくれるが、決して席を空けてはくれないのだ。この椅子取りゲーム自体をひっくり返すしかない、という赤木氏のアナーキーのほうが本質をとらえている。

しかし残念ながら、若者にはその力はない。かつてのマルクス主義のような、彼らを駆り立てる「大きな物語」が失われてしまったからだ。こうして実社会の共同体から排除された若者は、仮想空間で共同体を築く。「2ちゃんねる」に見られるのは、似たもの同士で集まり、異質なものを「村八分」で排除することに快楽を見出す、ほとんどステレオタイプなまでに古い日本人の姿だ。世界のどこにも見られない、この巨大な負のエネルギーの中には、実社会で闘うことをあきらめた若者の姿がみえる。
(2009/04/19 希望を捨てる勇気)


私は、いわゆる“池田信者”ではないし、むしろアンチの方だと思いますが、この意見に関しては「異議なし!」ですね。ネットは世間の延長で、旧弊な如何にもニッポン的な世間は今やネットの中に生きているというのは、前にも書いたことがありますが、若者だから「新しい」とか「進んでいる」とか、まして「賢い」というようなことはないのです。ネットというのはともすれば夜郎自大になりがちで、自分達は政治に「抵抗」しているつもりでも(と誇大妄想しても)、現実は彼らをパシリに使っている既得権者の老人や世襲議員達の方が一枚も二枚も上手なのです。ネットの若者達はそのことにあまりにも鈍感すぎる気がします。

官庁の法案作りにも参画したことのある、どちらかと言えば体制派の知り合いの弁護士は、「法律というのは国家が作るので、自分達に都合のいいようになっているのです」と言ってましたが、今の若者達は国家というのはそういうものだという認識が足りないように思います。それが、既得権者から奪われたものを奪いかえせとか言いながら、結局は狡猾な既得権者にいいように利用されている所以なのではないでしょうか。もっとも、この池田氏の文章も、「希望を捨てる勇気」というタイトルからして、そんな若者達に対して半分は皮肉で書いているような気がしないでもありませんが。

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2009.04.23 Thu l 社会 l top ▲
伊勢佐木町と野毛の間に吉田町という小さな街があります。わずか250メートルの通りなのですが、そこに画材屋やギャラリーなどが集まっており、真偽のほどはわかりませんが、地元では“横浜のモンマルトル”と呼ばれているのだそうです(どこが?という感じですが)。その吉田町で土日に「アート&ジャズフェスティバル」が開催されるというので、午後から出かけました。すでに10回目だそうですが、例年もそうなのか、「ヨコハマ大道芸2009」の一環として催されていました。

みなとみらい線の馬車道駅で下車したのですが、表に出ると馬車道も大変な人で、いたるところで大道芸が行われていました。また、松坂屋が閉店してややさびれた感のあった伊勢佐木町もいつになく人で埋まっていました。他に、みなとみらいでも大道芸が行われたそうです。

アート&ジャズフェスティバル1

アート&ジャズフェスティバル2

吉田町の通りは歩行者天国になっており、路上ではアート作品の販売やジャズのライブが行われていました。今日は永井隆雄グループ・竹内直グループ・渡辺典保グループが演奏していました。観客の年齢層がやや高いのが気になりましたが、やはり、ジャズの生演奏はいいですね。出演しているミュージシャンの中で二人見覚えのある顔がありました。彼らのアドリブを交えた巧みな演奏を聴いていると、ジャズミュージシャンというのは職人なんだなと今更ながらに思います。それが、横浜の古い街に残る下町的な気質と合うのかもしれませんね。彼らもときどき缶ビールを飲みながらいつになく楽しんで演奏しているように思いました。

永井隆雄グループ

竹内直グループ

渡辺典保グループ

ところで、横浜では今月の28日から9月27日まで、開港150周年を記念する開国博Y150が開かれます。私のまわりではその話題を耳にすることはほとんどありませんが、「横浜はオシャレだ」と思っている(勘違いしている)ような人達には大きなイベントなのかもしれません。「博覧会」と謳ってはいますが、内容はフジテレビがお台場でやっているイベントとたいして変わらないように思います。そう言えば、今日もテントの下でペラペラのパンフレットを500円で売っていました。私は無料かと思って、勝手に取ろうとしたら、「Y+150」のスタッフジャンパーを着た係員があわてて両手でパンフレットを押え、「500円ですっ!」と叫んでいました。

大道芸2009・2

大道芸2009・1

大道芸2009・3

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2009.04.19 Sun l 横浜 l top ▲
恒例の秋の健康診断に行きました。詳しい検査結果は後日に出ますが、前回やや難があった血圧や左耳の聴力は今回は問題はありませんでした。胴まわりをはかる際、メジャーを当てた係の人から「お腹を引っ込めないで、普通にしてください」と言われました。ついいつもの癖が出てしまいましたが、体重は前回より6キロ減っていました。

「何かダイエットでもしているんですか?」
「ええ、まあ」
「半年で6キロってすごいですね。どんなダイエットしているんですか?」
「コアリズムですよ。毎日、姿見の前で腰を振ってます」
「ああ、あれ‥‥」

まわりの人達も興味深々という感じで耳を傾けていました。ホントはただ歩いているだけなんですけど。

気分がいいとサービス精神も旺盛になります。

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2009.04.11 Sat l 健康 l top ▲