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この時期は、テレビの通販番組などでもやたらダイエット商品の特集が多くなりますが、薄着の季節になると、男性でも体形が気になるものです。特に上着を脱いだときの腰まわりが気になって仕方ありません。

久しぶりに体重計に乗ったら、案の定、6キロオーバーでした。6キロならまだ引き返せる。そう自分に言い聞かせて、再び三度、いや六度目か七度目ですが、ダイエットをはじめることにしました。

今回もライティングダイエットをやろうと思います。今までの経験上、いちばん効果があったからです。もしかしたら、ライティングダイエットは私の性格に向いているのかもしれません。

当然、運動も必要ですが、最近、忙しさにかまけて散歩もご無沙汰でした。それで、今日は病院に行ったついでに、定番のみなとみらい界隈を散歩しました。

病院では半年ごとの検査の結果の説明を受けたのですが、数値は正常で、先生も「薬が非常に効いていますね」と言ってました。ただ、月に1回の通院は今後もつづけてください、と釘を刺されました。

ここ数年、病院通いをはじめてからのおなじみのセリフですが、検査の結果が良好だと心も晴れやかです。病院のあとは市営地下鉄で関内に行って、夕暮れの街を山下公園まで歩きました。さらにいつものコースで、山下公園から遊歩道を通って赤レンガ倉庫・汽車道、そして横浜駅まで歩きました。帰って万歩計を見たら、2万歩を超えていました。

最近は都内に出ることが多いのですが、こうして久しぶりにみなとみらい界隈を歩くと、やはり海っていいなと思います。海辺の風景というのは心が落ち着きますね。横浜にはいろんな顔がありますし、横浜は間違っても「おしゃれな街」なんかではありませんが、ただ海に近いというのが横浜の魅力であることはたしかです。特に今は潮風を受けながら散歩するにはいい季節です。

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2012.05.14 Mon l 横浜 l top ▲
毒婦。木嶋佳苗 100日裁判傍聴記

単行本になった北原みのり氏の傍聴記・『毒婦。木嶋佳苗 100日裁判傍聴記』(朝日新聞出版)を、あらためて読みました。

同時に、『g2』(講談社)vol.10に掲載されていた佐野眞一氏の傍聴記(「『木嶋佳苗裁判』全傍聴記」)も読みましたが、北原みのり氏に比べると、お決まりの”おっさんの視点”で興ざめでした。「生まれついての犯罪者」「”毒婦”性」「怪物」などとレッテルを貼って、誰もが言えるようなことをただ言ってるだけです、しかも、デバガメたちへのサービスなのか、必要性もないのに、被告や被害者が住んでいたマンション名や勤務先などの個人情報を晒しているのも気になりました。

「私はこの女の恐ろしさを骨身に染みて知っている。実は私は木嶋佳苗に”殺され”かかったことがあるからである」と言うので、佐野氏も出会い系サイトで木嶋佳苗被告に遭遇した経験があるのかと思ったら、なんのことはない、別海町に現地取材に行った際、宿泊したホテルで「かつて感じたことのない胸苦しさを急に感じ」て、のちにそれが狭心症とわかり手術することになったという話なのです。

「いまはすっかり元気になったが、いまでも時折、別海のホテルで体験した恐怖の一夜を思い出して生きた心地がしなくなることがある。そして、あれは木嶋佳苗被告の呪いではなかったかと思うと、いまさらながらに背筋が寒くなる」と。

勘弁してよ、と言いたくなりますが、これがあの『東電OL殺人事件』「東電OL症候群」の著者の10数年後の姿かと思うと、東電OL殺人事件に少なからぬ関心を抱いてきた人間のひとりとしては、一抹のさみしさを覚えないわけにはいきません。

 別海高校の同級生の中には、木嶋には牛を扱っている酪農家のドロ臭い子なんか相手にできないわ、といった”上から目線”を感じたという者もいた。
 この話を聞いたとき、木嶋は往年のウエスタンTV劇「ローハイド」の舞台になりそうな酪農地帯で、いうなれば「デブでブスなスカーレット・オハラ」ではなかったかという妄想にかられた。


こんな2ちゃんねるレベルの低俗な悪口をくり返えしても、この事件の本質にせまることができないのは自明でしょう。それくらいおっさんたちには理解できない事件だったのかもしれません。でも、木嶋佳苗被告にいいように手玉にとられ金をむしり取られたのは、ほかならぬ佐野眞一氏のようなおっさんたちなのです。木嶋佳苗は、女はこうあるべきという男のなかの固定観念を逆手にとって男を騙してきたのでした。そして、そこに、多くの女性たちがこの事件に関心を寄せる理由があるのだと思います。

北原氏は、裁判の傍聴にきていた「30代の主婦」のつぎのようなことばを紹介していました。

「男性の結婚観って、古いですよね。介護とか、料理とか、尽くすとか、そういう言葉に易々とひっかかってしまう。自分の世話をしてくれる女性を求めているだけって気がするんです。佳苗はそういう男性の勘違いを、利用したんだと思う」


木嶋佳苗被告は、、松田聖子の歌も好きだけど、彼女が女性週刊誌で悪口を言われているところも好きだ、と高校1年のときの文章に書いているそうです。また、同じ文章で、『松田聖子論』を書いたフェミニストの「小倉千加子も好きです」と書いているのだとか。北海道の田舎の高校生が、既に小倉千加子を知っていたということには、北原みのり氏ならずとも驚きます。

たしかに、木嶋佳苗被告が書いたブログやメールの文章を読むと、文章が簡潔でうまいなと思いますね。文章を読む限り、知的でスマートな女性像が浮かんできます。「援助」を口実にした金銭の要求はかなり強引ですが、その強引さも決していやらしさはなく、非常に論理的で、ある意味説得力があります。実際に会うと、口数は少なかったそうですが、文章のうまさが男を騙す上で貢献していたのは間違いなさそうです。ネットの時代では、文章力が大きくものをいうと言われますが、はからずも彼女はそれを犯罪を通して証明した気がします。

自分が「特別な女」であるという意識、そんな「私」にこだわる心理。多くの女性たちは、そんなやっかいな「私」を抱えて生きているのかもしれません。しかし、一方で、彼女たちは日常的に男が抱く女性像を演じることを強いられるのです。だからこそ、「私は私である」という自己確認が切実なものになるのでしょう。

北原みのり氏は、この裁判に対する問題意識をつぎのように書いていました。

 女はとっくに白馬の王子なんて、この国にいないことを知っているというのに、それなのに、男は婚活サイトというシビアな市場を利用しながらも、呑気にカボチャの馬車に乗った姫が、自分の目の前に現れるとでも思っているの? お姫様にあげるガラスの靴すら持ってないというのに。
 婚活サイトを見ながら、男たちの声を聞きながら、そして今日も優雅に縄をつけられ悠然と退廷する佳苗を見ながら思う。佳苗の結婚観を知りたい。それは「フツーの女」たちと、どのくらい違っているものなのだろう。「毒婦」と呼ばれる女と、私たちは、どのくらい離れているのだろう。


 絶対に潤うことのない欲望を抱え、キリキリした思いで、だけど身の丈と理想が追いつかないちぐはぐな佳苗。欲望を満たす佳苗が取った「援助交際」は、ある世代にとって、この社会との”付き合い方”でもあった。だから女たちは、佳苗に、自分に、問うのだ。佳苗の罪は何だろう。私と佳苗の違いは何だろう。


男たちの古い女性観と、それに基づく欲望を逆手にとった被告に、男性に媚びる姿勢は微塵もありません。それは公判でも、古い女性観をふりかざして被告を断罪する検事をあざ笑う「ふてぶてしさ」に表れています。

被告にはお金を介在させない「本命」の”彼”もいたようですが、その”彼”にしても被告から聞かされていた名前は本名ではなかったそうで、警察からそのことを知らされたとき、あまりのショックに膝から崩れ落ちたのだとか。被告の男性をみる目は非常にシビアですが、結婚や恋愛に対しても、世間とは違った目でみていたような気がします。それがどこからきているのか、私には興味があります。

女性にとって、本人が思っている以上に母親の存在は大きいように思います。彼女たちの結婚観や恋愛観や男性観には、常にどこかに母親の影がつきまとっているような気がしてなりません。一方で、よく言われるように、「あなたの味方よ」「いつも応援しているよ」と言いながら、娘の足を引っぱっているのも母親なのです。まして木嶋佳苗被告のように、子どもの頃から母親との葛藤を抱えていた女性には、もっと複雑な影が射していただろうことは想像に難くありません。

江藤淳が『成熟と喪失』で指摘したような、所詮は母親のようになるしかないという「不機嫌な娘」にとって、母親の呪縛から逃れるには、こういう方法しかなかったんだろうか、と思ったりもします。いづれにしても、東電OLと同じように、多くの女性が木嶋佳苗被告に自分の姿を重ねたのは事実なのでした。それは男性にとってもショックなはずですが、しかし、ネットや佐野氏の反応でもわかるように、相変わらず男たちはそういった事実に目を向けようともしないのですね。

>>松田聖子という存在
2012.05.04 Fri l 文化・芸能 l top ▲
今さらという感じですが、野田政権のデタラメぶりは目にあまるものがあります。最近は、テレビで野田首相をはじめ前原・玄葉・安住・枝野・岡田氏らの顔がみると、アホらしくてチャンネルを変えたくなります。

マニフェストは総崩れで、残ったのは消費税増税だけというのでは、ひどいにもほどがある。無責任の極みのような連中がやたら「責任」ということばを使っているのは、悪い冗談だとしか思えません。

単に官僚の操り人形でしかないにもかかわらず、いまだ「政治主導」のような顔をして、平然と詭弁を弄するその精神構造が信じられません。消費税増税にしても、いつの間にか「社会保障と税の一体改革」なるふれこみに変わり、それをやり遂げるのが「政治の責任」だと大言壮語するのですが、官僚が敷いたレールの上を歩いているだけなのは誰の目にもあきらかです。

一方、新聞やテレビも、野田政権を背後で操る官僚機構の既得権益の構造には目をつむったまま、なぜか増税賛美の大合唱で世論を誘導しているのですから、同じ穴のムジナと言うべきでしょう。彼らが主張するのは、与野党が話し合いをして、”増税翼賛体制”をはやく構築せよ(はやく増税せよ)、という一点だけです。彼らもまた野田政権と同じように、「増税」という狂気にとりつかれたかのようです。今日の財政状況をもたらした張本人たちが、増税しないと国債の格付けが引き下げられ、市場の「日本売り」がはじまるなどと言って国民を脅すのは、居直り強盗以外のなにものでもありません。

また、福島の住民たちを放り出したまま原発再稼働に動いている原発事故の処理にしても同様です。あれからまだ1年ちょっとしか経ってないのです。生活の場を奪われ人生を乱わされた住民たちのことを考えれば、再稼働なんて犯罪まがいの所業だとしか思えません。この問題でも、新聞やテレビは、経産省や電力会社による「電力不足」キャンペーンの片棒を担いでいるのです。それは、原発安全神話の片棒を担いだ事故前とまったく同じ構図です。

何度も同じことをくり返しますが、結局、なにも変わってないのです。なにも学んでない。

>> なにも変わってない 
2012.05.01 Tue l 社会 l top ▲
一昨日、このブログのアクセス数が普段より伸びていました。調べてみると、朝日新聞のWEBRONZA”「木嶋佳苗」という女性の生き方”のなかで、4/11の記事(「木嶋佳苗被告と東電OLの影」)が「関連情報」として紹介されていることがわかりました。

死刑判決については、裁判員裁判だからなのか、意外にも妥当性を疑問視する声は少なかったように思います。しかし、状況証拠による検察の立証は、被告の生き方や生活態度に対しての予断と偏見に基づく印象操作が主眼で、客観的で合理的な立証とは言い難いものです。そして、裁判長が示した判決理由も、そんな検察の立証に沿ったきわめて抽象的で観念的なものでしかありません。

「婚活サイトで知り合った男性から真剣な交際を装って多額の金を受け取り、返済を免れるために殺害した」「働かずにぜいたくで虚飾に満ちた生活を維持するため、犯行に及んだ」と判決文は言うのですが、その根拠は非常に脆弱です。あたかも「婚活サイトで知り合った男性から多額の金を受け取り」「働かずにぜいたくで虚飾に満ちた生活」をしているようなふしだらな女だから人だって殺しかねない、とでも言いたげです。

婚活サイトそのものが、「真剣な交際」とは無縁な新手の出会い系サイトであるのはいわば暗黙の了解でしょう。少なくともオークション詐欺をはたらいたこともある被告にとって、婚活サイトは最初からそんな存在でしかなかったはずです。その意味では、被告には「悪意」があったとも言えます。でもそれは、ネットのどこにでもあるような「悪意」であって、なにも被告に限った話ではありません。男性のほうだって似たようなもので、お互い様なのです。判決文ではその「悪意」を殺人にむすびつけているのです。

要するに、彼女たちには悪いけど、銀座のクラブや六本木のキャバクラの女性たちが、思わせぶりでお客にたかるのと同じことを、被告はネットでやっただけなのです。ネットの掲示板では、それをデブでブスの年増女がやったから許せん、だから殺したんだろう、と言うのですが、判決文もほとんど似たようなレベルで、「合理的疑いを超える心証」とはほど遠いものです。

この事件に対する世間のもの言いも滑稽です。売春はけしからんと言いながら、一方で男たちは、エリート社員だって裁判官だって公務員だって学校の教師だって警察官だって、みんな被告のような「ふしだらな女」を相手に買春しているのです。にもかかわらず、そんな現実には頬被りして、ほとんど機能していない市民的価値意識や倫理観で被告を断罪するのです。判決文に対しては「女への嫌悪感があふれている」という指摘も一部にありましたが、”良識的市民”たちが下した今回の判決は、その滑稽さをさらに証明したと言ってもいいのではないでしょうか。
2012.04.22 Sun l 社会 l top ▲
同じ田舎の人間で、すごく仲のいい友達がいました。年齢はひとつ上だったのですが、中学のとき、同じ野球部に入って急に親しくなりました。

高校はそれぞれ親元を離れて別の学校に行ったのですが、休みで実家に帰ったときは、毎日家に遊びに来て、他愛のないおしゃべりをして時間を潰したりしていました。また、彼が東京の大学に進学してからも、休みになり帰省すると、やはり毎日家にやって来ました。

私の大学受験のときも、試験の前夜は彼の下宿に泊まって、試験会場まで付き添ってくれました。あいにく受験には失敗したのですが、そのときも、合格発表をみに行った彼から「サクラチル、ムネン」という電報が届いたのを覚えています。

どうして急に友達のことを思い出したのかと言えば、たまたま仕事先の知り合いの方と話をしていたら、渋谷の富ヶ谷にある某病院の話が出たからです。知り合いの方はその病院に入院していたそうですが、実は私も予備校に通っていた頃、その病院に受診したことがあったのです。

検査の結果がよくなくて、先生から「このままでは取り返しのつかないことになるので、いったん田舎に帰って、身体を直してから再挑戦したほうがいいんじゃないか」と説得されました。そして、九州から父親が迎えにきて、東京を引き上げることになったのでした。

そのとき一緒に病院に行ってくれたのも彼でした。私は既に体重が20キロ近く減って、大泉学園に借りていたアパートでほとんど寝たっきりの毎日を送っていました。上京する前に、その大泉学園のアパートを探してくれたのも彼でした。私の予算で探したら大泉学園まで行ってしまった、と言っていました。

そんななか、突然彼がアパートにやってきたのです。連絡がないので心配して、目黒からわざわざ訪ねてきたのでした。そして、私の様子をみた彼は、びっくりして、「とにかく病院に行こう」と言いました。しかし、どこの病院に行っていいのか、あてもありません。それに、病院に行くお金もありません。すると、彼が、「学校に行く途中に病院があったけど、あそこがいいんじゃないか」と言うのです。彼は通学のバスのなかから、山手通り沿いにあるその病院をいつもみていたらしいのです。お金は彼が親しくしている近所のパン屋さんから借りることになりました。そして、二人で電車とバスを乗り継いで富ヶ谷の病院に行ったのでした。

彼は大学を卒業すると、そのまま東京の会社に就職しました。そして、近所のパン屋さんで働いていた女性と結婚しました。その後、私も再び上京しました。しかし、いつの間にか会うこともなくなりました。もう20年近く前、新宿駅近くの路上でばったり会って、一緒に食事をしたのが最後です。年賀状も途絶え、連絡先もわからなくなりました。新宿で会ったとき、彼が「もう帰る家がなくなった」とさみしそうに言っていたのを覚えています。田舎の両親も亡くなり、実家も既に人手に渡っていたからです。

昔の恋人に会いたいかと言えば、私の場合、ひとりを除いてそんなに会いたいとは思いません。でも、友達はいつかは会いたいと思いますね。恋人はいつまでも恋人ではないけれど、友達はいつまで経っても友達なのです。「ピカピカの1年生、友達何人できるかな?」というのも、案外、人生の深いところを衝いているのではないか、と冗談ではなく思うことがあります。武者小路実篤もむげにバカにできない気分です。

商業的には「恋愛」のほうがお金になるので、恋愛至上主義と言われるように、世間やマスコミではやたら「恋愛」がもてはやされますが、しかし、やっぱり「恋人より友達」なのだと思います。特に同性の友達は大事です。年をとればとるほどそれを痛感させられますね。
2012.04.19 Thu l 日常・その他 l top ▲
いわゆる首都圏連続不審死事件で、殺人や詐欺などの罪に問われ死刑を求刑されている木嶋佳苗被告に対する裁判員裁判の第一審判決が、いよいよ明後日(4月13日)、さいたま地裁で言い渡されます。

この事件は、物的証拠も自白も一切なく、ただ状況証拠とも言えないような“疑わしい状況”があるのみですが、裁判員たちの“市民目線”がどう事件を裁くのか注目されます。と、マスコミみたいな紋切型の建前論を言っても仕方ありません。裁判員裁判だからこそ、逆にマスコミからの刷り込みによって、「疑わしきは被告人の利益に」などどこ吹く風のような判決が下される可能性が大でしょう。

実際、裁判はシロウトの裁判員たちを多分に意識した法廷劇のような色彩をおびていたようです。『週刊朝日』誌上で、この裁判の傍聴記(「北原みのりの100日裁判傍聴記」)を連載しているコラムニストの北原みのり氏は、月刊『創』(5・6月号)のインタビューで、つぎのように裁判の感想を語っていました。

(略)こんな面白い裁判は見たことがなかった、というのが感想です。男性たちの死が問われているわけですが、被告人質問にしても、検事や裁判長の質問から浮かび上がるのは、木嶋被告の残忍さや殺意のありようではなく、むしろ裁判長や検事の持つ古い男性観だったりする。それを聞いていると、佳苗が問われているのは、殺人なのか愛なのか分からなくなる瞬間が多々あります。


一方、法廷で被告がみずからのセックス歴を赤裸々に語ったことが話題を呼びましたが、そのことについて、北原みのり氏はこう述べていました。

(略)佳苗が、そこまでセックスのことを言いたがるのは、裁判上、有利に運ぶために計算して組み立てた論法というよりは、自分が特別な女であるというアピールを、裁判でもせずにはいられない自意識なんじゃないかと思いました。または、売春という仕事を肯定するための物語か。どっちにしても、セックスの話をすることで、彼女が裁判で得たものは何もないと思います。


それにしても、『週刊朝日』の傍聴記を読むと、今さらながらに木嶋佳苗被告の"特異さ"を痛感されられます。彼女は北海道別海町の高校を卒業して上京するのですが、上京して1年後には既に高級デートクラブに登録して、売春で生計を立てるようになったそうです。ただ、彼女にとって売春は、単に生活の糧を得るための手段だけにとどまらなかったように思います。「セックス・アンド・ザ・シティ」を引き合いに出すむきもありますが、そこまで軽いものでもなかったように思います。むしろ、「私が私である」という、いわば実存の承認を得るための手段でもあった(やがてそのように転化した)、と読めなくもないのです。傍目には支離滅裂にみえますが、彼女にとって、「私が私である」というのは、私たちが想像する以上に切実なものだったのかもしれません。

私は以前、ネットで知り合った男性と月に何度かデートをして、そのたびに5万円だかのお金をもらっていたという女性に話を聞いたことがありました。彼女は、大手企業に勤める夫と小学生の子供がいるれっきとした既婚者でした。相手の男性は、彼女の話では、木嶋被告がつきあっていた男性と同じような、中年のさえない独身男だったそうです。そして、あるとき、相手の男性から「お金がもたないので、デート代を半分に減額させてくれ」と懇願されたそうです。それを聞いた彼女は、男性を面罵して、二度と会わないことを告げて席を立ったのだとか。

「だってそうでしょう。それだったらただの売春婦じゃない」と彼女は言ってました。彼女は男性からもらうお金を通して自分の価値をはかっていたのでしょう。そうやって自分が「特別な女」であることを確認していたのかもしれません。

私は、その話を聞いたとき、彼女もまた東電OLに自分の姿を映した女性のひとりに違いないと思いました。そして、北原みのり氏が言うように、私は木嶋佳苗被告にも同じ影を見るのです。

やはり裁判を傍聴している精神科医の香山リカ氏が、同じ『創』のコラムで書いていましたが、交際していた男性の家が全焼して遺体で発見されたとき、木嶋佳苗被告は、妹につぎのようなメールを送ったそうです。

あのゴミ屋敷、まあ○○さん(注・妹の名)なら気絶したと思うわ


そんな「ゴミ屋敷」に住むようなさえない男たちを相手にして、ことば巧みに金をむしり取っていたのです。男性に対するシビアな目が、そのまま裁判長や検事たちがもちだす古い男性観を手玉にとるしたたかさにつながるのは当然でしょう。

もっとも、そのしたたかさの先には、人生のかなしみもあったはずです。「佳苗に、一人で泣きたい夜は、あるのだろうか。」と北原みのり氏は書いていましたが、なかったはずがない。母親との”葛藤”もそのひとつだったのかもしれません。北原氏によれば、木嶋佳苗被告は、交通事故で亡くなった父親の墓を、地元では名家の流れをくむ別海町ではなく、わざわざ東京の浅草の寺に造ったりと、故郷の別海町と縁を切ろうとしたふしさえあったそうです。

彼女はどんな心の闇を抱えていたのか。法廷での”セックス自慢”も、それを隠すための自己韜晦とみえなくもありません。茶番のような裁判員裁判ではどだい無理な話なのかもしれませんが、裁判でもそれはほとんどあきらかになっていないのです。

>> 東電OL殺人事件
>> 『私という病』

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2012.04.11 Wed l 社会 l top ▲
先月、ノートパソコンを買ったことを書きましたが、その勢いで(?)今度はデスクトップも買い換えました。遅ればせながらやっとXPから7(Windows7)に変わったのです(しぶしぶでしたので、「した」というより「なった」という感じです)。ただ、今回はお金をケチってprofessionalではなくHome Premiumで妥協したために、のちに後悔することになるのでした。

最近はGoogleのアロガント(arrogant)な姿勢ばかりが目につきますが、アロガントの元祖と言えば、なんといってもMS(マイクロソフト)です。この7にもMSのせこさが存分に出ています。

7はvistaを改良したものと言われていますが、そのためにXPまで維持されていたソフトの互換性が、7の登場によって途切れることになるのでした。それが、あと2年でサポートが終了するというのに、未だにXPの愛用者が多い理由でもあるのでしょう。

私の場合は、レーザープリンターとスキャナーがダメでした。そのために、プリンターとスキャナーも買い換えるはめになりました。

professionalだとXPモードというのがあって、7で使えないソフトでもXPモードで使うことができます。カスタマイズでは、professionalとHome Premiumの価格差は5千円ちょっとでしたので、機器をあたらしく買い換えるよりはるかに安くついたのです。最初にケチったのが運の尽きでした。

それにしても、本体は問題なく使えるのに、ただソフトに互換性がないために使えないというのは、なんとももったいない話です。それもひとえにMSの独占的な商法によるものです。それこそエコに反するアロガントなやり方と言うべきでしょう。

また、メールソフトのOutlookもXPで終了、7からはWindows Liveメールに統一されました。そのためにメールのデータを移行するだけでなく、使い勝手の悪いフォルダも設定しなおす必要があり、非常に手間でした。

MSにふりまわされるのはシャクでなりません。同じ商売をする人間からみても、こんなやり方はないだろう、と思います。Officeなどの価格にしても異常です。アメリカの会社や自治体では、あえてMSのソフトを使わずに、オープンソフトのOpenOfficeなどに移行する動きがさかんだそうですが、なんでも「すごい」「便利だ」としか言えない事大主義的な国民性の日本では、そんな話は聞いたことがありません。ヴィトンやシャネルなどと同じように、青い目をしたハゲタカにとって、日本は実においしい市場なのかもしれません。

OSが変わっただけで、どうしてこんなに時間と経費をかけて設定しなおさなければならないのかと思います。1日半かけてやっと終わりましたが、どっと疲れが出ました。と同時に、なんだかやり場のない無力感のようなものを覚えてなりませんでした。
2012.04.10 Tue l ネット l top ▲
師岡熊野神社2012年3月29日

今日は春本番を思わせるようなうららかな天気でした。そんな陽気にさそわれて、午後から久しぶりに散歩に出かけました。鶴見川の土手に出て、新羽橋から下流に向けて歩きました。土手の上の遊歩道は、同じように散歩する人たちがひっきりなしに行き交っていました。ただ、平日なので、歩いているのはいづれも中高年の人たちでした。

大綱橋の手前で大曽根台の商店街に入り、それからいったん綱島街道に出て、大倉山ヒルタウンの前から脇道に入りました。ふと師岡の熊野神社にお参りしようと思ったからです。今年は初詣にも行ってませんでしたので、熊野神社も久しぶりでした。

境内のベンチでは、若いカップルが楽しそうにおしゃべりをしながら弁当を広げていました。あの弁当は彼女の手作りなんだろうかと思いました。

春はどうしてこんなにせつないんだろうと思います。無性にせつなくてもの哀しくてなりません。特に、平日の午後、こうしてあてもなく郊外の街を歩いていると、よけいそんな気分になります。

気が付いたらこんなところまで来ていたのです。そして、これからどこまで行くつもりなんだろうと思います。この人生もまた、ただあてどもなく歩いてきたような気がします。人を疑い、人を誹謗し、人を貶め、人に背を向け、ずっとあてもなく歩いてきたのです。そんな思いが頭のなかで交錯しました。そして、それをふり払うかのように、必死の思いで手を合わせている自分がいました。

帰りは2号線を大豆戸の交差点に向かって歩きました。交差点の角にある洋服の青山の前で、自転車を停めて、店頭のワゴンに並べられている男物のワイシャツを一心に物色している女性の姿が目に入りました。おそらく買物帰りの奥さんなのでしょう。なんだかその姿が目にまぶしく映ってなりませんでした。

当たり前のことを当たり前に暮らしていくということが、どんなに大切なことかとしみじみ思います。

春はまだはじまったばかりなのです。
2012.03.29 Thu l 日常・その他 l top ▲
酒井法子の弟(異母弟)が例の覚せい剤事件に関連した恐喝容疑で逮捕というニュースがありました。久々の酒井法子ネタですが、3年前、相前後して姉と弟が覚せい剤で逮捕されたという話まで蒸し返され、彼女にしてみれば迷惑この上もない行為でしょう。

既に元マネージャーを中心に、3年の執行猶予が明ける11月以降の芸能界復帰が着々と進められているそうですが、これで復帰も少し遠のくのではないかという話もあります。しかし、いづれにしても芸能界には復帰するつもりなのでしょう。そう言えば、長男は今春小学校を卒業して、私立の有名中学に進学することになったそうですが、そういった生活費はどこから出ているのだろうと思ったりします。なんだか優雅な執行猶予生活と言えなくもありません。芸能マスコミはどうでもいい話にうつつをぬかすのではなく、そういった庶民の疑問(!)にこそ答えてほしいものです。

もうひとつ、「あれはどうなったんだ?」と思ったことがあります。逮捕後、彼女が口にしていた「介護の仕事」です。「介護の仕事」はしないのでしょうか。あのときは、「芸能界復帰は考えてない。介護の勉強がしたい」と言ってました。あれはただ殊勝な態度を印象づけるための”イメージ戦略”だったのでしょうか。もしかしたら、そのときから将来の復帰をにらんで”戦略”が練られていたのかもしれません。

それにしても、芸能人はすごいなとしみじみ思いますね。芸能人をやめても芸能人なのです。スポットライトをあびて人様に身をさらす仕事をしている人間というのは、並みの神経の持ち主ではないようです。並みの神経ではそんな仕事はできないのでしょうか。

「広尾に行きたい」山口智子と同じように、最近は広尾に行くことが多いのですが、広尾あたりではそういった人様に身をさらす仕事から落ちこぼれた人間たちが、やや奇抜な格好をして歩いているのをよく目にします。そんな姿をみるにつけ、(よけいなお世話と言われるかも知れませんが)そうやって人生を踏み間違えたまま老いていくんだろうかと思ったりします。世間のイメージと違って、広尾の路地にはそういったさみしさやかなしさが漂っているような気がしてなりません。それは酒井法子とて例外ではないはずです。

いいようにたかられ、”キズもの芸能人”としてボロボロになるまで利用されポイ捨てされるのは目にみえている気がします。それでも芸能界に復帰して、恥を忍んで人様に身をさらすというのは、なんだかそうせざるをえない「宿命」を背負っているかのようです。もっとも、芸能の民がかつて「河原乞食」と蔑まれ、市民社会の公序良俗の埒外にいたことを考えれば、酒井法子が芸能界にすがるのもわからないでもないし、もとより芸能人というのは、そういうさみしくもかなしい「宿命」を背負った人間なのかもしれない、と思ったりもするのです。

>> 介護の勉強をしたい
>> 魔性

2012.03.28 Wed l 文化・芸能 l top ▲
今朝のフジテレビの「とくダネ」に、オセロの中島知子をマインドコントロールしていたと言われていた占い師が登場して、マスコミの一連の報道に反論していました。マスコミの報道では、占い師は美食家で、豚のようにブクブク太っていると言われていましたが、実際はそうでもありませんでした。私は、同郷ということもありますが、どこか素朴な感じがするものの言い方に、逆に親近感を覚えたくらいです(それが彼女の”手”だと言う芸能レポーターもいますが)。宗教学者の島田裕巳氏も自身のブログ・島田裕巳の「経堂日記」で、「洗脳」に疑問符を付けていましたが、依存する関係ではあるものの、マインドコントロール(洗脳)というのはオーバーかもしれないと思いました。

中島知子がみるみる太っていったのも、占い師の命令で焼肉だがすき焼きだかを食べさせられたからだと芸能レポーターは(みてきたようなウソを)言ってましたが、あれはむしろ摂食障害のような心の病が原因のように思えてなりません。

谷原章介や井上陽水との関係がどんなものだったのか、恋愛だったのか、あるいは単に芸能界の女たらしに遊ばれただけなのか。そういった男性関係で傷ついた部分もあるのではないでしょうか。また、相方の松嶋尚美との関係で心おだやかでないものもあったかもしれません。アラフォーを迎える女性が、生き馬の目をぬくような芸能界をひとりで生きぬいていくには、さまざまなストレスやプレッシャーがあるだろうことは想像できます。芸能界はカタギの世界ではないのです。そんななかで、本音を吐き出して相談できる相手に出会えば、多少なりとも依存するようになるのは仕方ないでしょう。それをマインドコントロール(洗脳)と言ったら、身も蓋もないように思います。

それより、マインドコントロールと言うなら、野田佳彦首相のほうが深刻でしょう。まるでなにかにとり憑かれたかのように消費税増税に狂奔するその姿をみるにつけ、精神病理学的な分析も必要ではないかと冗談ではなく思います。なんだかヒロイズムに酔っている感じさえあります。

若い頃からただ政治家になりたい一心で松下政経塾に入った彼らにとっての政治と、私たちが考える政治とは全然違うのかもしれません。松下政経塾は、政党ではないのです。いわば政治家予備校みたいなもので、テクノクラートな政治家を養成する機関なのです。彼らは政党人ではないので、政党政治という観念も薄いのではないでしょうか。その意味では、官僚からマインドコントロールされやすいのはたしかでしょう。

民主党が「官僚政治の打破」を掲げて政権をとったことを考えれば、「官僚の言うまま」の彼らは”稀代の詐欺師”と言われても仕方ないでしょう。自民党が言うように、消費税増税はあきらかなマニフェスト違反です。それは増税の是非以前の問題です。どうして誰も今の状況が「異常だ」と言わないのか。マスコミは、中島知子なんかより野田首相らのマインドコントロールの問題を取り上げるべきではないでしょうか。そのほうがよっぽど深刻です。
2012.03.26 Mon l 文化・芸能 l top ▲
先日、田舎の友人からどこか居候させてくれるところを知らないかと電話がありました。といって、居候するのはその友人ではなく、彼の甥っ子です。なんでも俳優になるために上京すると言ってきかないらしいのです。しかし、住むところのあてもなく、本人は「ホームレスをしてもいい」と言っているのだとか。

私はその気持がまぶしく思えてなりませんでした。それで、「五木寛之は早稲田に入るために上京したとき、下宿するお金がなかったので、早稲田の穴八幡神社の床下に寝泊まりしたらしいぞ。そのほうが大物になるんじゃないか」と言いました。

折しも、先日、『ヤンキー進化論』を書いた難波功士氏の新著『人はなぜ〈上京〉するのか』(日本経済新聞出版社)を読んだばかりなのですが、今の若者たちの人生にとっても、上京は大きな意味をもつのだろうかと思いました。

「東京・東京・東京と書けば書くほど哀しくなる」と言った寺山修司と同じように、私はとにかく東京に行きたくてなりませんでした。東京に行かなければなにもはじまらない、東京から自分の人生ははじまるのだ、と思っていました。しかし、今になり、じゃあなにがはじまったんだと自問すると、ただ自己嫌悪におちいるばかりです。結局このざまだ、という気持しかありません。

しかし、それでも上京したことを後悔する気持はありません。それは自分でも不思議です。だから、将来田舎に帰りたいという気持もまったくありません。むしろ、(何度も言いますが)たとえ野垂れ死にしても田舎には帰らない、という気持のほうが強くあります。

『人はなぜ〈上京〉するのか』のなかでは、つぎのような五木寛之の文章が紹介されていました。

 九州出身者なら、九州から鈍行を乗りつぎ、参考書を枕にごろ寝しつつ悠々上京してくるような受験生が好きだ。東京の宿が高いと思えば、新宿あたりのフーテンと共に街に眠って、デパートの便所を使い、大学の池で顔を洗って試験場に臨むような高校生が好きだ。場合によったら、ジャズ喫茶か何かで金持ちの遊び人女子学生でも引っかけ、相手の車でも貸してもらって、その中で寝るような若者が好きだ。新宿旭町付近でも、どこでも一泊二百円のベットハウスぐらいびくともしない受験生が好きだ。(五木寛之『風に吹かれて』新潮文庫、1972年)


私も五木寛之の真似をして、ゴーリキーの『私の大学』を携えて上京し、友人のアパートを転々としていました。受験のために上京したときも、ホテルなんて望むべくもなく、このエッセイと似たような感じでした。あの頃のことを思い出すと、息苦しくなるくらいなつかしくてなりません。

今の私にとって、春はどこかせつないものがあります。いつの頃からか、そんな季節になりました。春は希望に満ちた旅立ちのイメージがありますが、この年になると、もうそんな季節が訪れることがないからでしょうか。
2012.03.25 Sun l 東京 l top ▲
去る16日、吉本隆明さんが亡くなったというニュースがありました。私は全共闘世代のように、強烈な“吉本体験”があるわけではありません。むしろ私たちの世代では既に“吉本神話”は終焉していて、批判的な見方のほうが強かったように思います。ただ、私たちも全共闘世代の人たちと同じように、吉本隆明を「ヨシモトリュウメイ」と呼んでいました。

最近も反原発の風潮に対して、かつての「反核異論」と同じ口調で、原発をやめることはできない、原発をやめろというのは人間をやめろということだ、反原発は思想的な退廃だみたいなことを言ってましたが、たしかに時事的な発言では、「耄碌した」とヤユされるようなとんちんかんな面がなきしにしもあらずでした。

しかし、私にとって吉本隆明は、親鸞に関心をもつきっかけを作ってくれた人として存在しています。その”恩”は大きいと言わねばなりません。

まだ20代のフリーターだった頃、私は、吉本隆明の『最後の親鸞』が読みたくてなりませんでした。しかし、住所不定無職の私には、それを買うお金さえありませんでした。当時は浅草橋でアルバイトをしていたのですが、私は帰りに神保町のとある古本屋に寄るのが日課になっていました。というのも、その古本屋に春秋社の『最後の親鸞』の古本が出ているのを見つけたからです。そうやって毎日、『最後の親鸞』がまだ売れてないことをたしかめていたのです。そして、アルバイトの給料が出ると真っ先に買い求め、電車のなかでむさぼるように読んだことを覚えています。

私にとって親鸞の思想のキーワードは、「業縁」と「還相」です。

「何ごとでも心に納得することであったら、往生のために千人殺せと云われれば、そのとおりに殺すだろう。けれど一人でも殺すべき機縁がないからこそ殺すことをしないのだ。これはじぶんの心が善だから殺さないのではない。また逆に、殺害などすまいとおもっても、百人千人ころすこともありうるはずだ」(「歎異抄」吉本隆明私訳)という親鸞のことばについて、吉本隆明は、『最後の親鸞』でつぎのように書いています。

人間は、必然の〈契機〉があれば、意志とかかわりなく、千人、百人を殺すほどのことがありうるし、〈契機〉がなければ、たとえ意志しても一人だに殺すことはできない、そういう存在だと云っているのだ。それならば親鸞のいう〈契機〉(「業縁」)とは、どんな構造をもつものなのか。ひとくちに云ってしまえば、人間はただ、〈不可避〉にうながされて生きるものだ、と云っていることになる。もちろん個々人の生涯は、偶然の出来事と必然の出来事と、意志して選択した出来事にぶつかりながら決定されていく。しかし、偶然の出来事と、意志によって選択できた出来事とは、いずれも大したものではない。


人間というのは、自分ではどうすることもできない、みずからのはからいを越えたところで生きているのです。人を好きになるのが理屈ではなく、どうして好きになったかわからない、ただ好きだから好きだとしか言えないのと同じように、生きていくのも理屈ではないのです。

真に弁証法的な〈契機〉は、このいずれ(ブログ主注:偶然の出来事と意志によって選択できた出来事)からもやってくるはずはなく、ただそうするよりほかすべがなかったという〈不可避〉的なものからしかやってこない。一見するとこの考え方は、受身にしかすぎないとみえるかもしれない。しかし、人が勝手に選択できるようにみえるのは、ただかれが観念的に行為しているときだけだ。ほんとうに観念と生身とをあげて行為するところでは、世界はただ〈不可避〉の一本道しか、わたしたちにあかしはしない。そして、その道を辛うじてたどるのである。


また、「還相」について、つぎのように書いています。

念仏によって浄土を志向したものは、仏になって浄土から還ってこなければならない。そのとき相対的な慈悲は、絶対的な慈悲に変容している。なぜなら、往相が自然的な上昇であるのに、還相は自覚的な下降だからである。(略)
自覚的な還相過程では、慈悲をさし出すものは、慈悲を受けとるものと同一化される。慈悲をさし出すことは、慈悲を受けとることであり、慈悲をさし出さないことは、慈悲を受けとらないことである。衆生でないことが、衆生であることである。そして、この慈悲が絶対的であるうるのは、さし出すこと受けとることの同一化とともに、還相の過程が弥陀の第十八願の〈摂取不捨〉に接触したのちの過程だからである。


「大悲は常に我を照らし給う」のです。「摂取不捨の利益にあずけしめたもう」存在として私たちは在るのです。そう思うとどんなに救われるでしょう。

絓秀実さんは、全共闘世代の思想史を敷衍するのに『吉本隆明の時代』(作品社)という本を書きましたが、「吉本隆明の時代」を知らない私たちの世代にとって、吉本隆明は親鸞の思想とともに静かに生き続けていたように思います。

これからも『最後の親鸞』を読みたくなることがあるでしょう。生きていくのがしんどいのは、若いときも今も変わりがありません。人生はなんと苦ばかりで「悲しいだけ」なんだろうと思います。そして、親鸞のことばに触れると、胸が熱くなり涙があふれてくることがあります。それを教えてくれたのが吉本隆明なのでした。
2012.03.19 Mon l 訃報 l top ▲
2ちゃんねる

覚醒剤の購入を煽る書き込みを削除せず放置したとして、麻薬特例法の幇助(煽り・唆し)の容疑で、警視庁が2ちゃんねるの関係先を家宅捜索していたというニュースがありました。さらに警察の捜査は、2ちゃんねるだけにとどまらず、性犯罪や薬物犯罪の温床になっているSNS全体に広がっていくのではないかという見方もあるようです。

2ちゃんねるの実態を考えるとき、警察の介入は当然予想されたことです。むしろ遅きに失した感さえあります。権力によるネット規制だと言う人もいるでしょうが、私は、ネットが自由ではないということを再認識する上でも、今回の強制捜査はむしろ「よかった」のではないかと思っています。

ネット規制を憂慮する声のなかには、まるでネットは自由であって、その自由を守らなければならない、あるいはネットは自由であるべきだ、というような考えがあるように思います。しかし、グーグルの新しいプライバシーポリシーをみてもわかるとおり、そもそもネットは自由なんかではないのです。覗き見しようと思えばいつでも簡単に覗き見ることができるし、規制しようと思えばいつでも簡単に規制できるのです。ネットというのはそういうシステムなのです。

私たちにとって、ネットというのは、あくまで制限付きのメディアにすぎないのです。そういうツール・手段にすぎないのです。「なんでもあり」なんて本来ありえない。2ちゃんねるの住人たちは論外にしても、権力のネット規制を憂う人たちに私が違和感を抱くのは、あたかもネットが自由である(自由であるべき)かのような幻想を振りまいているからです。私たちが考えなければならないのは、むしろそれから先のことではないでしょうか。つまり、自由ではないけど便利なネットをどう利用するか、そういうしたたかでしなやかなリテラシーをどう身につけていくかでしょう。
2012.03.10 Sat l ネット l top ▲
ノートパソコンは2台持っているのですが、なにを血迷ったのか、まだ買って2年しか経ってない新しい方のパソコンを分解してみたい衝動に駆られました。そして、とうとう分解したのでした。

ところが、分解したもののもとに戻すのが面倒になり、そのまま1週間放置しました。1週間後、やっと気を取り直して組み立てたのですが、OSは起動するものの画面が真っ暗なままです。再び分解したら、モニターのカードが外れていました。しかし、今度はタッチパッドがまったく反応しません。そんなことをくり返しているうちにいやになって、新しいノートを買うことにしました。

家で仕事をするのに、別にノートは必要ないのです。それにもう一台ノートパソコンがあります。ただ、分解したのは外に持って歩くために買ったモバイルノートでしたので、モバイルノートがほしくなり、そう思ったらもう欲求を抑えることができなくなりました。

新しく買ったのは、ウルトラブックの東芝ダイナブック・R631です。「世界最軽量、世界最薄」という宣伝文句に惹かれました。たしかに軽いし、SSDも搭載されているし、CPUも最新のCorei7で快適です。Wimaxが内蔵されていたので、Wimaxにも加入しました。

でも、まだ一度も外へ持って行ってません。そんな用事がないからです。会社勤めではないので、外に持って行く用事なんてほとんどありません。

木の芽どきとはよく言ったもので、この季節は、魔がさすというか、ついよからぬことを考えたりするものです。でもまあ、渋谷駅で庖丁をふりまわすよりはマシか。そう思って自分を慰めています。
2012.03.07 Wed l 日常・その他 l top ▲
このあたりは都市計画法で第一種住居地域に指定されていて、商業施設の面積が細かく規制されているのですが、なぜか今月4000平米を超える大型スーパー(スーパーと医療モールとドラッグストアからなる複合施設)がオープンすることになりました。

オープンに至る経緯については、「ライフ大倉山店建築計画を解剖する」という秀逸なサイトに詳しく書かれていますが、たしかに、近所にスーパーができれば、わざわざ駅の近くに行かなくて済むので便利です。それに、食品スーパーが必要だというのも理解できないわけではありません。しかし、周辺の道路事情を考えると、駐車場付きの大型スーパーなんてホントに大丈夫なんだろうか、「無謀」じゃないか、と思わざるを得ません。

それに、最初に計画したスーパーは却下されたのに、どうして今のスーパーがOKだったのかという疑問もあります。さまざまな噂も流れていますが、過酷な競争のなかにある企業が、生き残りをかけて新しい市場を開拓するのはある意味で当然で、そのためにはどんな手段だって(どんな政治力だって!)使うでしょう。要は、それに対して、地元がどういう姿勢で臨むかではないでしょうか。

何度も同じことを言いますが、大倉山にはいい素材があるのに、どうしてわざわざこのような「ファスト風土化」を選択しなければならなかったのかと思います。この件では、横浜市の事なかれ主義もさることながら、まちづくりに対する商店街や住民たちのポリシーのなさが、はからずも露呈したように思えてなりません。大倉山出身の建築家・隅研吾氏は、清野由美氏との対談『新・ムラ論TOKYO』(集英社新書)のなかで、「二十一世紀に町を再開発するなら、まず道路を『敵』にする発想が絶対に必要です」と言ってましたが、どうしてそんな発想が生まれなかったのでしょうか。近隣のほかのスーパーでも問題になっているようですが、どこにでも車で行かなければ気が済まないような”痛い人”たちに迎合して、どんなまちづくりができるんだと思います。

同じ東横線沿線でも元住吉などは、個人商店ががんばっていて、すごく魅力のある商店街になっています。地元の食品スーパーが大手のスーパーに伍してがんばっている姿を元住吉では見ることができます。隣の日吉からも買物に来るそうですが、それもよくわかります。そのいちばんの要因は、駅前の道路を日中通行止めにして買物客を優先しているからです。それこそ「道路を『敵』にする発想」と言うべきでしょう。

「便利になるからいいじゃないか」「反対するやつはなんでも反対するんだ」と言うのは、原発のときと同じで、(宮台真司の受け売りですが)丸山真男が言う「作為の契機の不在」です。水は低いほうに流れるではないですが、悲しいかな、そうやってほとんどなにも考えなくても済むような(考えようともしないような)、自明性とか二者択一論のわかりやすさとか長いものに巻かれろの事大主義とかいった「作為の契機の不在」の空気に流されるのが現実なんだな、としみじみ思いました。
2012.03.06 Tue l 横浜 l top ▲
文藝春秋三月特別号

話題の芥川賞受賞作「共喰い」を読みました。実は『文藝春秋』の3月号を買った時点で既に読んでいたのですが、感想を書こうかどうしようか迷っていたのです。というか、今更書くのが面倒くさかったのです。「共喰い」については、ネットでも多くの人が感想を書いています。そのなかで、「情景描写はとてもうまいけど、話が作り物じみていている」という声がいちばん多かったように思いますが、私も同じような感想でした。

私は最近お気に入りのSEKAI NO OWARIを聴きながらこの小説を読んだのですが、SEKAI NO OWARIの歌ととてもマッチしていて、17才の頃のあの夏の昼下がりの感覚がよみがえってくるような気がしました。しかし、ただそれだけでした。読後の余韻はあまりありませんでした。

「共喰い」は、高樹のぶ子が選評で書いているように、中上健次を彷彿とさせるような父と子にまつわる「血と性の生臭い」話ですが、しかし、中上の小説のように「土着熱」が発する息苦しさややり切れなさはあまり感じられません。なんだかすっきりとおさまっているような感じです。

私が生まれたのは九州の片田舎の温泉地ですが、近くにかの有名な由布院温泉がありました。同じ温泉地でも知名度はそれこそ天と地の差がありましたが、しかし、私から見ると、由布院はまるで”箱庭”のようでした。すべてが作り物じみてウソっぽい気がしてなりませんでした。当時の感覚で言えば、藪蚊や埃にまみれた道端の草や馬糞の臭いのない田舎は田舎ではないのです。「共喰い」にも似たような感想を持ちました。

一度も働いた経験がなく、しかもネットとも無縁だというのは、小説を書く上では大きなハンディのはずです。ただ一方で、だから「共喰い」のような小説が書けたと言えなくもないのです。「共喰い」では、生母の仁子さんが非常にリアルに魅力的に描かれていますが、それは作者にとって母親が唯一の社会との接点だったからかもしれません。

作者は、川端康成と谷崎潤一郎と三島由紀夫によって文学に「開眼」させられ、「それまで本というのは役に立つものだと思っていたのに、役に立たなくてもいいんだとわかった」そうです。しかし、いい小説を読むと、胸を打たれます。そして、せつさなとかやり切れなさとか哀しさとかいった文学のことばによって、私たちは自分の人生と向き合うができるのです。川端だって谷崎だって三島だって、みんな人生の辛酸をなめているのです。そこから彼らのことばが生まれたのです。

言い方は悪いですが、「共食い」は文学オタクが書いた小説のような感じです。あくまでそれは”箱庭”なのです。今どきこういう小説をありがたがる小説家や編集者というのは、由布院のような作り物じみた温泉地に、勝手に「むら」や「ふるさと」をイメージして心の安らぎを求める都会の観光客と同じようなものでしょう。

皮肉なことに、選考委員のなかでは、Cowardな都知事閣下がいちばん正論を吐いているように思いました。
2012.02.28 Tue l 文化・芸能 l top ▲
同じような話ばかりで恐縮ですが、先日、いとうせいこう氏のTwitter を見ていたら、「さようなら原発1000万人アクションの賛同人にジュリーも署名」という書込みがありました。「さようなら原発1000万人アクション」のサイトを見ると、沢田研二さんはつぎのようなメッセージを寄せていました。

美しい日本を護るために一人でも多くの覚悟が不可欠です。
個人としては微力ですが、歩を進めましょう。
声なき声を集めて。さあ!


芸能界ではほかに吉永小百合さんや竹下景子さんなども署名していました。

私は、先日の「『愚民社会』」の記事のなかで、渡辺謙さんがダボス会議で訴えた「絆」に違和感があると書きましたが、その後、渡辺謙さんは同会議でつぎのような発言をしていることを知りました。

国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし 度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物 質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に 頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。
(東京新聞 TOKYO Web 2012年1月26日配信)


渡辺謙さんもまた、原発から再生可能エネルギーへの転換を訴えていたのです。しかし、新聞やテレビはそういった発言はほとんど無視して、ただ「絆」の部分だけを切りとって報道したのでした。こういったところにも今回の原発事故でマスコミが果たした役割が垣間見える気がします。

別に有名人に限らないでしょうが、多くの人たちが今回の原発事故を通して、電力会社や政府だけでなくマスコミや原発事故を解説する専門家などに対して不信感を抱いたのは間違いないでしょう。私のまわりでもどこにでもいるようなおっさんやおばさんが、「どうして東電を潰さないのか?」「こんな理不尽なことが許されるのか?」などと怒っていましたが、それは多くの人たちが共有する感覚でしょう。

にもかかわらず、マスコミは相変わらず東電をはじめ電力会社を正面から批判することを避けています。たとえば、7〜8年前に発覚した耐震偽装事件のときと比較すればよくわかります。あのときは関係者の会社や自宅に押しかけて、テレビカメラの前でマイクを突き付けて詰問していました。会社が小さかったり個人だったりすると、マスコミは容赦なく本人への直撃取材や周辺取材を行います。しかし、今回、マスコミは東電の経営者の自宅に押しかけて、同じようにマイクを突き付けたか。そんな場面は一度だってありません。それどころか、逆に政府や東電が操作する「ただちに健康に影響はない」キャンペーンや「電力不足」キャンペーンのお先棒を担いだのでした。斉藤和義ではないですが、「ウソ」はまだつづいているのです。

そんな中で、民主党が「今夏の電力不足を懸念して原発再稼働を容認」という報道がありました。これでストレステストも単に原発再稼働のための机上の儀式であることがはっきりしました。しかも、ストレステストの結果に対する専門家の意見聴取会を仕切り、「妥当」のお墨付きを与えたのは、ほかならぬあの原子力安全・保安院なのですから、あいた口がふさがらないとはこのことでしょう。あの原発事故は一体なんだったんだ?と言いたくなります。

すべてを元の木阿弥にしようとする政府・民主党・経産省やマスコミ・電力会社の姿勢は、「どうして東電を潰さないのか?」「こんな理不尽なことが許されるのか?」という真っ当な感覚をまるであざ笑うかのようです。
2012.02.16 Thu l 震災・原発事故 l top ▲
いくらメンズビゲンで白髪を隠して若づくりしても、やはり寄る年波には勝てないのか、最近、なにかにつけ苛立つ自分がいます。まるで偏屈オヤジの予行演習でもしているかのように、いつもブツブツ文句ばかり言っています。香山リカの『キレる大人はなぜ増えた』や藤原智美の『暴走老人!』の現実が、早くも自分の身の上に訪れたかのようです。

今日も駅へ向かっていると舗道の先に若いカップルがちんたら歩いていました。駅前の舗道は二人がやっとすれ違うことができるくらい狭いのですが、そんなことはいっこうにお構いなしです。そのため、うしろからやってきた人たちも追い越すことができず糞詰まり状態になっていました。見ると、男の子はひょろと背が高くて、メガネをかけたタケノコのような感じでした。隣の女の子は森ガールのようないでたちで、玉ねぎのような髪型をしていました。

私も糞詰まりの行進に加わっていましたが、そのうちしびれを切らして、メガネタケノコと玉ねぎのカップルに突進することにしました。うしろから「すいません」と声をかけると、メガネタケノコと玉ねぎのカップルは、びっくりしたようにうしろをふり返り、「なに、この人?」みたいな顔をしているのです。どうやら自分たちが迷惑をかけているという認識はないようでした。そうなると、つい余分なことを口走りたくなるのがオヤジの習性です。

「邪魔っ!」

すると、玉ねぎは「怖い!」とでも言いたげに、メガネタケノコの腕を掴んだのでした。そして、二人は身体をずらしながら、「信じられない!」というような顔で私の方を見ていました。

私は、「信じられないのはお前たちだろう」と心の中で悪態を吐きながら、さっさと二人をぬかして歩いて行きました。でも、ほかの人たちは相変わらずメガネタケノコと玉ねぎのうしろで糞詰まりの行進をつづけているのでした。

土日になると、舗道にはベビーカーを先頭に横一列に並んで歩いている家族連れがいますが、そんな”家庭の幸福”御一行様が前からやってくると、どうすればいいんだ?と一瞬足が止まってしまいます。知人は「”家庭の幸福”を舗道にまで持ち込まないでくれよ」と言ってましたが、ここにも「私」と「公」の区別がつかない身勝手でだらしのないものの考え方が出ているように思います。どっちを優先するかということはないのです。区別がつかないことが問題だと思うのです。

また、昨日はこんなこともありました。駅裏に東横線の線路の下をくぐるV字状の細い道があるのですが、自転車で通る人たちは、手前の下り坂ではずみをつけて先の上り坂をのぼろうとするために、みんな猛スピードで駆け抜けて行くのです。歩行者と接触したら大きな事故になりかねません。特に塾帰りの子どもたちに遭遇すると、壁に背をつけて彼らをやりすごさなければならないほどです。自転車の走行を禁止にすればいいのにと思いますが、なぜか横浜市はなんの対策もとっていません。それどころか、自動車も走行可能なのですから驚きます。(もっとも自動車といっても、軽自動車がぎりぎり通れるくらいの道幅しかないのですが)

夕方、その道を歩いていたら、前から小学生の女の子が猛スピードで駆け下りて来るのです。思わず「危ない!」とことばが吐いて出たほどでした。それこそ私の身体ぎりぎりのところを駆け抜けて行くので、自分がシールを売っていることも忘れて、「おい! 危ないじゃないか!」と自転車の女の子に向かって言いました。すると、あとから下りて来たお母さんが私に「あなたはなんですか?」と言いながら、「早く行きなさい!」と女の子を促して駆け上って行きました。道の上にはほかのお母さんたちもいて、みんなで私の方をジロジロ見ながら「いやね〜」というような顔をしていました。私はまるで変質者のような扱いでした。

でも、盗人にも三分の理ではありませんが、偏屈オヤジにも三分の理はあるのだと思います。特に『愚民社会』を読んでからは、そんな場面に出くわすたびに、宮台真司の「田吾作」や大塚英志の「土人」ということばが頭に浮かんでなりません。

こうして苛立つのは、『キレる大人はなぜ増えた』や『暴走老人!』が言うように、年をとって時代からとり残される焦りのようなものもあるのかもしれません。たしかにみっともないし心が狭いのかもしれません。しかし、同じように無神経で身勝手な行為に苛立っている人は多いはずです。都会で生活する上ではこういった苛立ちは、むしろ日常的な光景だと言ってもいいかもしれません。

それどころか、電車に乗るときに人を押しのけて座席にすわろうとする人や、スーパーやコンビニのレジで前の人がまだ清算しているのにうしろからせかせるように買物カゴを差し出す人や、他人の迷惑をかえりみず舗道を我がもの顔で歩いているような人たちが、一方で「反戦平和」だとか「原発反対」だとか言っても、私は絶対に信用できないという気持があります。「反戦平和」や「原発反対」は正義なんだから、無条件に正しいのだ、というような考えには、私は組みしたくありません。「反戦平和」でも「原発反対」でもなんでも、そこにはなんらかの「留保」があるべきだと思います。『愚民社会』の中で、子どもを盾にした「原発反対」は母性的な(日本的な)ファシズムに通じていると二人が言っていたのも、同じような理由からでしょう。

大塚英志は、日本の自然主義文学はどうして私小説に帰結せざるをえなかったのか、そこに日本の近代のとん挫した姿があるというようなことを言ってましたが、たしかに私たちの「私」は近代の洗礼から生まれた「私」ではないのですね。それは近代がとん挫した悲しくもせつない「私」として在るのだと思います。そう考えると、「私」と「公共」の区別がつかないのも仕方ないのかもしれないと思ったりもしますが、でもやはり苛立つ。
2012.02.15 Wed l 日常・その他 l top ▲
夕方、芥川賞の受賞作が掲載された『文藝春秋』を買おうと駅前の本屋に行ったら、ちょうど店員の女性が『文藝春秋』の山を両手に抱えて品出ししているところでした。見ると、カウンターの端にはまだ『文藝春秋』の山が二つもありました。

「すごいですね」と言うと、「すごいですよ」「もう値段も暗記してしまいました」と笑いながらレジを打っていましたが、まったく田中慎弥様々ですね。私もあの発言がなかったら、今回の受賞作は読まなかったかもしれません。

そのあと、トマトジュースを買おうとスーパーに行ったら、棚の中でトマトジュースだけが品薄になっていました。トマトに中性脂肪を下げる物質が見つかったと京都大学が発表した影響でしょう。男性客のカゴの中にやたらトマトジュースのボトルが入っていたのには思わず笑ってしまいましたが、私もそのひとりなのです。

若い頃、私はトマトジュースばかり飲んでいた時期がありました。当時はまだボトルがありませんでしたので、家では缶ジュースを箱ごと買っていました。上京してからもトマトジュース好きはつづいていて、毎朝、最寄り駅の自動販売機で缶ジュースを1本飲んで、それから改札口に入るのが日課になっていました。ただ、こうして中性脂肪が気になる年齢になり、そのためにトマトジュースを飲まなければと思うと、若い頃のようにおいしく飲めないのです。なんだか鼻をつまんで無理して飲んでいるような感じです。

人間というのは、ミーハーなくせに、それでいてめんどくさい生き物だなとしみじみ思います。
2012.02.12 Sun l 日常・その他 l top ▲
愚民社会

宮台ファンの小林武史もFMラジオでこの本のことに触れていましたが、宮台真司と大塚英志の対談集『愚民社会』(太田出版)は、とても示唆に富んだためになる(!)本でした。

大震災・原発事故後に語り下ろされた第1章の「すべての動員に抗して」では、現実(特に原発問題)にアクティブにコミットする宮台真司と、大震災・原発事故に遭遇してもなおなにも変わらないと語る大塚英志は、きわめて対象的にみえます。宮台は、<任せて文句を垂れる社会>から<引き受けて考える社会>へ、<空気に縛られる社会>から<知識を尊重する社会>へという、共同体自治へのシステムの変更を提唱します。具体的には「世田谷モデル」と言われる世田谷区での実験がそれです。一方、大塚は、日本人が「近代を忌避し、思考停止の中で生きている状態」を「土人」と差別的に呼ぶのですが、日本人としての自分たちの自画像も、ラフカディオ・ハーンに代表されるような外国人が語る日本人論が原型になっているこの国では、大震災や原発事故もただ「そういう『土人』ぶりが図らずも露呈した」にすぎないと言います。

「ひとつになろう日本」の空気に水を差すようですが、私のなかには、ダボス会議で渡辺謙が訴えた日本人の美徳としての「絆」なるものに対して、どうしても違和感を禁じえない自分がいます。実家が津波の被害に遭って家族が仮設住宅で生活しているという知人は、「絆」のその裏にある被災地のドロドロとした現実を語っていましたが、それはテレビカメラを引き連れてボランティアに訪れる芸能人たちには決して理会(©竹中労)できない現実なのでしょう。私は、「旦那」である東電を正面から批判できないマスコミが、東電の情報操作そのままに安全デマを流しつづけたことと、復興にあたって上から目線で偽善的に流布される「絆」なるものは、それこそパラレルな関係にあるように思えてなりません。「絆」こそ責任の所在をあいまいにして、すべてをチャラにする「動員」の思想と言うべきではないでしょうか。

一方、対談は、これから日本が向かわざるえない”アジア主義”や原発事故で露わになった日本的な(母性的な)ファシズムなどの話に広がっていくのですが、特に私が興味を覚えたのは、”アジア主義”についてです。二人の話を読むにつけ、私はふと竹内好の「方法としてのアジア」ということばを思い出しました。

大塚英志は、次のように言います。

大塚 中国の新幹線だってそうです。今の段階では、かつての日本の文化がそうであったように、まがい物、コピーですよね。ただ、コピーをつくっていくときにコピーの反復の中で技術や表現に化学変化が起きます。だから、これは中国が好きとか嫌いではなく、そうした化学変化の余地はどう考えたって中国にある。そういう投資をしている。
 韓国だって一方では日本文化を吸収しながらアンチ日本的な心情があったのでハリウッド的なもの、アメリカ的なものを意識的に受容しようとしています。例えば韓国のまんがというのは日本のまんがよりもアメリカのまんがに文体が近いんです。
宮台 そうですか。
大塚 表面だけ見ると日本に似ているといいますけれど、文体が違うんです。技術論が違う。台湾もそうです。なぜかというと反日みたいな感情が、今度はアメリカの文化を積極的に取り入れるという方法論につながっていったから。アメリカのマーケットでは韓国まんがは「アンファ」といって日本のマーケットを喰っているわけです。


大塚は、「日本人は日本のアニメが世界に通用するってニュースを国内で流して満足している」「自演乙」しているだけだと言うのです。

大塚 (略)そこで日本はリスペクトされている、と満足しておしまい。しかし、彼らは日本との歴史問題を抱えてもなお、日本を呑み込むことが必要だと考えている。日本を呑み込み、かつ日本が達成できてない部分の「西欧化」を経済でも文化でも進めている。宮台さんがおっしゃったように韓国映画は表層的には日本の文化を引用しているのだけれど構造的な部分はむしろ西欧的なんですよ。例えば、韓国映画の場合はカット割りは日本のまんがの文体を使うわけです。でも、制作システムはハリウッド的です。日本の映画監督は日本のまんがの映画的な文体を異様に嫌悪しますから三池崇史が例外的に使う以外は使わないわけです。つまりまんが的文体は韓国映画が止揚している。


大塚英志も指摘していましたが、K-POPなども同様でしょう。K-POPは、あきらかに日本の歌謡曲を模倣することから出発しながら、それをアジア全域、ひいては世界に通用するように「止揚」しているのです。先日のテレビで、フィリピンでは日本以上に熱狂的なK-POPブームが起きている様子が紹介されてましたが、日本人はK-POPは日本だけでブームになっていると思っているのですね。だからけしからんと。でも、実は日本だけではないのです。既にアジアを席巻しているのです。それどころか、松田聖子やPerfumeのアメリカ進出などとははるかに違うレベルで、世界に進出しようとしている。大塚英志は、K-POPや韓流ドラマなど「サブカルチャーの領域ではそういう形での上位概念へのスパイラルが始まっているのに、それをこの国が否定して背を向けていくのは愚か」だと言ってました。

家電や自動車を見てもわかるように、日本は製造業が強いという神話も既に過去のものになっています。そして、文化でもどんどん押しまくられているのが現状です。

大塚 (略)アジア的なものの普遍性を「つくる」努力がこれから必要です。その意味で「アジア」主義なわけです。ヨーロッパ的な普遍性はもう老いつつある。アメリカ的な普遍性もある限界を迎えている。イスラム的普遍性はかなり元気がある。もしかしたら、この後、アフリカ的な普遍性とか、南米的な普遍性が出てくるかもしれないというときに、では日本は「アジア」という普遍性を構築していくという意味での「アジア」主義をつくれるか、あるいはそこに参画できるのか、そこから孤立して没落していくのか。


好きか嫌いかではないのです。好きか嫌いかにとどまっている限り、多極化する世界のなかで自閉するしかないように思います。そうならないためにも、もう一度「方法としてのアジア」に立ちかえり、アジアの「近代の可能性」のなかに日本の、そしてアジアの普遍性をさぐるべきではないか。そんなことを考えました。
2012.02.06 Mon l 文化・芸能 l top ▲
Google

最近、ネットでGoogleに対する批判をよく目にするようになりました。

Googleには”Don't be evil”(邪悪にならない)という有名なスローガンがありますが、このスローガンと精度の高い検索技術によって、Googleはネットユーザーの絶大な支持を集め、またたく間にネットの覇者となったのでした。

しかし、最近、アメリカのネットユーザーの間では、”We Google, Don't be evil”とGoogleに対する懸念や失望が広がっているのだそうです。言うまでもなくそれは、独占的なシェアによるGoogleのarrogant(横柄)な姿勢が目に付くようになったからです。

Googleは3月1日から新しいプライバシーポリシーに基づいたサービスに変更すると表明しています。それはGoogleが言うところの「パーソナライズ」化がより徹底されることを意味しています。Googleの検索には、ブラウザの閲覧履歴やCookieを利用した「パーソナライズ検索」と呼ばれる機能があります。それは、過去に同じキーワードで検索してアクセスしたサイトが次回から優先して表示される機能で、一見便利のようにみえますが、しかし、そのデータを収集して分析すれば、ユーザーがなにに興味をもっているかがおのずとわかるはずです。それどころか、もっと精緻に分析すれば、なにを考えているかもわかるでしょう。

Gizmodo Japanが紹介する記事でも指摘されているように、3月1日からは、Googleアカウントでアクセスした場合、検索だけでなくGoogle MapsやYouTubeやGoogle+やGmailなどGoogleのサービスのプライバシー情報がすべて一元的に収集・管理されて、「パーソナライズ検索」や「行動ターゲティング広告」に利用されるようになるそうです。しかも、Google+の場合は実名が基本ですから、特定の個人の情報が丸裸にされる可能性さえあるのです。また、私もそうですが、Googleカウントが必須のAndroidユーザーは、さらにプライバシーが筒抜けになり「深刻」だと指摘する人もいます。

同時にGoogleは、アメリカでサーチ・プラス・ユア・ワールド(Search plus your world)という新しいサービスも開始して波紋をよんでいます。これはGoogleの検索に、GoogleがFacebookに対抗してはじめた二番煎じのSNS、Google+の関連情報を連動させる(優先的に表示する)というものです。これこそarrogant以外のなにものでもないでしょう。

私は以前、このブログで、Googleの台頭に関して、「総表現社会」ならぬ「総監視社会」を招来する懸念を書きましたが、それが現実のものになりつつあるような気がしてなりません。

日本ではYahoo JapanがGoogleの検索エンジンを採用したことによって、検索サービスの97〜98%をGoogleが独占するようになりました。やむを得ない事情があったとは言え、これが決して好ましい現状ではないことは言うまでもありません。ましてとみにGoogleのarrogantな姿勢が目立つようになった現在、今後Yahoo Japanも高度な判断をせまられるときがくるかもしれません。(もっともその場合、残る選択肢が実質的にBingしかないというのも、悩ましい問題ではあるのですが)

ネットに対する絶大な影響力からGoogleが「神」と呼ばれたこともありましたが、ホントに神が悪魔に豹変することはないのでしょうか。最近のGoogleをみていると、その不安が増すばかりです。

>> グーグル
>> あらたな神
2012.01.30 Mon l ネット l top ▲
震災、そして原発事故から10ヶ月。何が変わったのでしょうか。原発事故で避難生活を余儀なくされ、東京に働きにきているという男性とたまたま話す機会があったのですが、男性は「なにも変わってないし、なにも進んでない」と怒りを含んだ口調で言ってました。

東電は4月から実施される企業向けの電気料金の値上げにつづいて、家庭向けの電気料金の値上げも予定しており、政府・経産省も最終的にはそれを認める方向だと言われています。要するにこれは、原発事故の費用を利用者にツケまわしするもので、事故当初から懸念されていたことでした。避難生活を余儀なくされ生活も人生もズタズタにされた福島の住民たちを尻目に、東電は値上げによって、5年後の黒字化を目指しているという話もあります。まったくあり得ないような話ですが、それがあり得るのが今の日本なのですね。

先日はこんな新聞記事もありました。

<電力需給>政府今夏試算「6%余裕」伏せる

 今夏の電力需給について「全国で約1割の不足に陥る」と公表した昨夏の政府試算について「供給不足にはならない」という別の未公表のシナリオが政府内に存在したことが、分かった。公表した試算は、再生可能エネルギーをほとんど計上しないなど実態を無視した部分が目立つ。現在、原発は54基中49基が停止し、残りの5基も定期検査が控えているため、再稼働がなければ原発ゼロで夏を迎える。関係者からは「供給力を過小評価し、原発再稼働の必要性を強調している」と批判の声が上がっている。(以下略)
(毎日新聞 1月23日2時30分配信)


今考えれば、あの計画停電もなんだったのかと思います。当時、電力不足を演出した脅しじゃないかという声がありましたが、やっぱりそうだったのかと思わざるをえません。そういった東電の体質も、そして東電と癒着する政府や経産省や財界の姿勢もなにも変わってないのです。

関西電力が行った大飯原発3・4号機のストレステスト(耐性評価)の意見聴取会でも、傍聴を希望する反対派を排除した会場に、「事故はたいしたことはない」「チェリノブイリとは違う」などと安全デマをくり返していた原子力ムラのメンバーがずらりと顔を揃えてすわっていたのには、なんだか悪い夢でもみているかのようでした。これじゃストレステストに「妥当」というお墨付けを与えるのは最初から目にみえています。

枝野経産大臣がときに東電に対して批判めいた発言をするのも、お得意の二枚舌による単なるポーズのようにしか思えません。その裏では政府・経産省の支援を受けて、「国有化」を隠れ蓑に東電がゾンビのように生き延び元の姿に戻りつつあるのです。避難住民への賠償が遅々として進んでない現状もまるで他人事であるかのようです。

このように「なにも変わってないし、なにも進んでない」のです。犯罪はまだつづいていると言うべきでしょう。

2012.01.25 Wed l 震災・原発事故 l top ▲
昨日、このブログに通常より10倍多いアクセスがありました。アクセス解析をしたら、「すべて真夜中の恋人たち」というキーワードでアクセスが集中していることがわかりました。今日、知り合いにその話をしたら、一昨日の夜、爆笑問題の太田光がテレビ番組で「すべて・・・」を絶賛していたのでその影響だろう、と言ってました。

なぜかテレビは、太田光やビートたけしをインテリジェンスのある「文化人」のような扱いをするのですが、それを真に受ける視聴者も多いんだなとあらためて思いました。

川上未映子も、所詮そんなミーハー人気に支えられているということでしょうか。だから、本人もあのように芸能人気取りするのかもしれません。一方で出版不況にあえぐ出版社も、なりふり構わずそういったミーハー人気にすがるような傾向があります。もしかしたらこれも芸能人を使った「ステルス広告」かもしれないのです。

でも、作品がすべてです。「乳と卵」と「ヘヴン」はよかったけど、「すべて・・・」は駄作です。太田光がどれだけの小説読みか知りませんが、彼の宣伝に煽られて買っても、おそらくがっかりするだけでしょう。私はそう思います。

>> 「すべて真夜中の恋人たち」
2012.01.24 Tue l 文化・芸能 l top ▲
春節20124

今日は旧暦の元日だそうです。祖父母がまだ健在だった子どもの頃、祖父母の家では旧正月の前に餅つきをしていました。私の田舎では大晦日に「年取り」といって、一家が揃ってご馳走食べる風習があるのですが、旧暦の大晦日も祖父母の家では「年取り」をやっていました。子どもの私は正月が二度あるのが不思議でなりませんでした。また、祖父母は「数え年」で、実際より1つか2つ多く年齢を数えるので、それも混乱するばかりでした。

中国では旧正月のことを春節と言うのだそうです。春節というのはいいことばですね。それで、病院に診察に行ったついでに、中華街まで足をのばしました。さすがに旧正月の中華街は人も多く賑わっていました。首都圏の中国人たちも春節を祝うためにやってきているようで、いたるところで中国語が飛び交っていました。キンキラキンの成り金趣味の中国人は別ですが、一般の中国人は、ちょっとあか抜けない身なりや特徴ある髪型で、ひと目で中国人だとわかります。(余談ですが、中国人旅行客はどうしてみんなスポーツウェアなのでしょうか? この時期は決まってダウンジャケットだし)

そんなふるさとの正月情緒を求めてやってきた中国人の家族が、年に一度奮発して豪華な卓料理を囲んでいるのをみるにつけ、別に中国人に借りも義理もないけれど、なんだか胸が熱くなるものがありました。広島刑務所を脱獄した李国林受刑者の原点は、中国残留孤児二世らが江東区で結成した不良グループ「怒羅権(ドラゴン)」だそうですが、たしかに歌舞伎町や池袋西口などでは、金のブレスレットをチャラチャラいわせながら肩で風をきってのし歩き、青龍刀をふりまわすような、どうしようもない中国人がいるのも事実です。しかし、多くは異国の地でハンディを背負いながら、ささやかな夢と希望を胸に、歯を食いしばってがんばって生きているのだと思います。中華街に響き渡る春節のドラの音は、そんな中国人たちを励ましているようにも聞こえました。

今日は中華街では、「採青(さいちん)」という正月行事がおこなわれていました。要するに、日本で言う獅子舞のようなものです。詳細はつぎのサイトをご覧ください。http://www.chinatown.or.jp/agenda/event/984

「採青」がおこなわれている店の周辺は大変な人ざかりで、写真を撮るのも苦労するほどでした。ちょうど横ではNHKの腕章をつけたカメラマンが脚立の上に乗ってカメラをまわしていました。

春節20122

春節20123

春節20125

春節20126

春節20127
2012.01.23 Mon l 横浜 l top ▲
今回(第146回)芥川賞を受賞した田中慎弥氏の「断って気の小さい選考委員が倒れたりすると、都政が混乱しますので、知事閣下と東京都民各位のためにもらってやる」という受賞記者会見の発言は、まったく痛快でした。作家たるものこれくらいの個性はもってほしいものです。

「空疎な小皇帝」(©斉藤貴男)都知事閣下が、その傲慢かました態度とは裏腹に、実はCoward (臆病者)だというのは、いろんな人が指摘しています。都知事として初めて迎える都の幹部が、どんな強面の人だろうと思っていたら、「弱々しい声のただの老人で拍子抜けした」というような記事が、以前新聞に出ていましたが、案外そういうものかもしれません。Cowardだから自分を強くみせるために、あんな傲慢かました態度をとるのでしょう。そういう人間は私たちのまわりにもいます。

でも、今まで文壇では誰も閣下の首に鈴をつける人はいませんでした。陰では眉をひそめる人はいても、(前も書きましたが)文学に政治のことばを持ちこんで傲慢かましている閣下に誰もものは言えなかったのです。むしろ出版不況にあえぐ出版社のなかには、閣下の政治力にすがろうとする心卑しい会社さえありました。

閣下が芥川賞の選考委員を辞任したのは、(本人は否定するでしょうが)そのタイミングといい、やはり田中慎弥氏の発言がきっかけになっているのは間違いないでしょう。そして、そこにはCowardな性格も関係しているように思えてなりません。まさに痛快ですね。

ただ、肝心の受賞作の「共食い」はまだ読んでいませんので、読んでからまた感想を書きたいと思います。
2012.01.21 Sat l 文化・芸能 l top ▲
鶴岡八幡宮00530

遅ればせながら鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣に行きました。

私と同じようにまだ初詣に来ている人もいるのか、参拝客も普段の平日より多い感じでした。ここでも中高年(どっちかと言えば初老)の人たちが目立ちました。鎌倉はどこに行っても彼らの天下です。そして、電車に乗れば我先にシルバーシートに殺到するのです。この前の記事のつづきではありませんが、シルバーシートは、ちい散歩ごっこしているようなおっさんやおばさんたちのためにあるのではないでしょう。先日も若い女の子たちが「若者がどうだとか言うけど、電車のなかでいちばんマナーが悪いのは年とったおじさんやおばさんたちでしょ」と言ってましたが、そのとおりですね。電車のなかに限らず、スーパーのレジでも郵便局の窓口でも舗道でもどこでもそうです。

ところで、最近どうしてこんなに中高年の人たちの悪口を言うんだろうと思います。年齢が離れていた若い頃は、もっと鷹揚な態度でみていたように思います。しかし、年齢が近くなると、彼らのアラがやたら目に付いてならないのです。おそらくそれは、彼らに明日の自分をみているからでしょう。いわば近親憎悪のような心理がはたらいているのかもしれません。

大石段をのぼった本宮の前に、びっくりするくらいきれいな女の子が立っていました。こんなきれいな娘(こ)は鎌倉で初めてみました。傍若無人なおっさんやおばさんたちのなかでは、まるで天女みたいに光り輝いているのでした。私は、きれいな娘をみて感激する自分に逆に感激しました。まだそういう感覚が残っているのがうれしかったのです。

お守りを買おうかと思いましたが、お守りを買うと運が悪いのを思い出し、買うのをやめました。帰りは戸塚から市営地下鉄に乗り替えて関内で降り、伊勢佐木町の有隣堂で本を買って帰りました。

鶴岡八幡宮00515

鶴岡八幡宮00494
2012.01.19 Thu l 鎌倉 l top ▲
何気に鏡をみていたら、左の頬に黒い汚れがあるのに気づきました。墨でもついたのかと思って、洗面所で石鹸をつけてゴシゴシ洗いました。しかし、落ちません。拡大鏡をもってきてよくみたら、どうやらシミのようです。

老人斑? そう思ったら、途端に気が滅入ってきました。

以前、知り合いの女の子(といっても、三十路に入ったばかりの大人の女性ですが)が大きなマスクをしてやってきたことがありました。

「エッ、風邪?」
「そうじゃないけど」
「花粉症?」
「そうじゃない」
「じゃあ、どうしたの?」
「別に・・・」

よくみると、マスクの下に絆創膏を貼っているようです。

「怪我したの?」
「そうじゃない」

なんだかイライラしはじめている感じです。

「わたし、前から思っていたんだけど、男のくせに細かいことに関心をもちすぎるんじゃない」

あきらかにイライラが嵩じて不機嫌になりはじめたようなので、それ以上は詮索しませんでした。

後日、同じ会社の女の子に訊いたところ、「私が言ったことは内緒よ」とクギをさされてこっそり教えてくれたのですが、その日、彼女は美容外科でシミ取りのレーザー手術(?)を受けた帰りだったそうです。

鏡のなかの老人斑をまじまじとみていたら、ふと彼女のことを思い出しました。そのときは「シミ取りだなんて女も大変だな」なんて思ったものですが、今になれば彼女の気持がよくわかります。男だってシミは気になるものです。

でも、30代に入ったばかりならまだしも、この年齢になっていちいちシミ取りをしていたら、それこそもぐら叩きみたいできりがないでしょう。そう思ったら、なんだかつぎは死斑があらわれてもおかしくないような気持になりました。(タカトシのノリで)生きる屍か!
2012.01.17 Tue l 日常・その他 l top ▲
私の父方の曽祖父は、8回結婚したそうです。もちろん曽祖父なんて顔も知りませんが、子どもの頃、母親からよく「あんたはどうもその血をひいているような気がしてならんのよ」と言われました。

そして、年をとるにつけ、やっぱり母親の勘は鋭いなと思うことが多くなりました。自分のことをつらつら考えるに、どうも結婚には向いてないように思えてならないのです。実際、まわりの人間たちからもそう言われます。もし節操もなく結婚していたら、曽祖父と同じように8回だって9回だって結婚と離婚をくり返したかもしれません。

とにかく私の場合、人間関係がかったるくて仕方ないのです。感激するのは最初だけで、しばらくつきあっていると、いつの間にか相手の悪い面ばかりをみている自分がいます。私は一見「いい人」に見えるらしいのですが(正直言って、そのように自分を演出している部分もありますが)、ホントは自分で思っている以上に性悪なのかもしれません。一見「いい人」に見える分、タチが悪いとも言えます。

前も書きましたが、私は小学校から中学を卒業するまで、毎晩祖父母の家に泊まりに行ってました。祖父母のところで朝食を食べて家に戻り、それから登校するのが日課でした。祖父母の家では、毎朝朝食の膳にお菓子が置かれていました。そうやってかわいい(?)孫のためにお菓子を用意してくれていたのです。

しかし、そのお菓子を持って帰ると、母親から「食べたらいかん」と言われました。「いつのお菓子かわからん」「腐っちょってお腹をこわすかもしれんよ」と脅されました。「なんと殺生な」と子ども心に思いましたが、母親と祖母は嫁姑の関係がよくなかったのです。

そんな子どもの頃のことを思い出すと、この結婚に向いてない意地悪な性格は、祖母だけでなく母親のほうの血もひいているような気がしないでもないのです。そうなると話はややこしくなりますね。

>> 結婚できない男
2012.01.16 Mon l 日常・その他 l top ▲
江角マキコ

このところ久々にこのブログのアクセスが伸びています。それは、2007年5月の「江角マキコさんの手紙」という記事にアクセスされる方が多いからです。

というのも、江角さんが6日放送のTBS系「ぴったんこカンカン」に出演して、日本たばこ産業(現JT)のバレーボール選手だった頃の思い出の場所を訪ねるシーンが感動を呼んだからでしょう。たまたま私も見ていましたが、バレーボール部の寮を逃げ出して、ジャージ姿のまま島根の実家に帰ったというエピソードには、思わずもらい泣きしそうになりました。退部して会社を辞めるときも、見送りに来たのは同期の二人だけだったというのも、なんだかせつない話ですね。

江角さんは、芸能界に入っても当時の話は封印していたようですが、でもそんな挫折した経験があったからこそ、生き馬の目をぬく芸能界のなかでもがんばることができたのではないでしょうか。

私は当時の江角さんのエピソードを聞くにつけ、やはりJTに入る3年前に経験したお父さんの死が影を落としているような気がしてなりませんでした。そして、芸能界に入ってから、さらに弟さんの死も経験することになるのです。

生きていくことは同時にいろんな悲しみに遭遇することでもあります。たしかに江角さんが経験したことは悲しくつらいことかもしれませんが、しかし、女優としては大きな”財産”になっているのではないでしょうか。誰しもが人生の奥底にもっている悲しみ、江角さんにはそんな悲しみを表現できるような女優さんになってほしいと思いますね。
2012.01.12 Thu l 文化・芸能 l top ▲
何年か前にも同じことを書きましたが、年の瀬も押しせまると、いつにもまして「人身事故」で電車がとまることが多くなります。そのニュースが流れない日はないくらいです。

ニュースも、あくまで「事故」によって電車がとまり、何万人の乗客に影響が出た(要するに「迷惑した」)という内容です。今や自殺は電車に飛び込んだときだけ「事故」扱いで、あとは誰にも見向きもされないのでしょうか。自殺者が年間3万人を超えるようになった頃から、練炭自殺がまれに記事になるくらいで、新聞から自殺の記事も消えてしまいました。

専門家によれば、自殺者の背後には、その10倍の自殺未遂者がいると言われているそうです。ということは、年間三十数万人の人間がみずから命を断とうとしていることになります。こんなすごい現実が私たちのみえないところに存在するのですね。

私も昔、多くの自殺の事例を真近でみたことがありますが、言うまでもなくひとりひとりの死の背後には、それぞれの人生の軌跡があり、また、それにまつわるさまざまな事情が伏在しているのです。死というのは、きわめて個別具体的なものなのです。でもそれも、自殺という現実とともに、人々の目に触れないように隠されてしまうのですね。

石原吉郎は、『望郷と海』に所収の「確認されない死のなかで」という文章で、つぎのような強制収容所での体験を書いていました。

(略)ある朝、私の傍で食事をしていた男が、ふいに食器を手放して居眠りをはじめた。食事は、強制収容所においては、苦痛に近いまでの幸福感にあふれた時間である。いかなる力も、そのときの囚人の手から食器をひきはなすことはできない。したがって、食事をはじめた男が、食器を手放して眠り出すということは、私には到底考えられないことであったので、驚いてゆさぶってみると彼はすでに死んでいた。そのときの手ごたえのなさは、すでに死に対する人間的な反応をうしなっているはずの私にとって、思いがけない衝撃であった。


しかし、戦後60年以上経った現在、私たちのまわりにもこのような多くの「確認されない死」が存在しているのです。前に、ビルの屋上から飛び降りた女の子は、夜明け前、屋上への階段をどんな思いでのぼって行ったんだろう、泣きながらのぼって行ったんだろうか、と書いたことがありましたが、今このときにも、同じように泣きながら死への階段をのぼっている人間がいるかもしれないのです。しかし、それは、想像も及ばないくらい私たちの日常と遠く隔たっているかのように思えます。

石原吉郎は、「死はどのような意味もつけ加えられることなしに、それ自身重大であり、しかもその重大さが、おそらく私たちになんのかかわりもないという発見は、私たちの生を必然的に頽廃させるだろう」と書いていましたが、まぎれもなく私たちは、そんな「頽廃」した生のなかにいると言うべきかもしれません。

今年の紅白歌合戦は、「パワーをもらった」「勇気を与えた」「がんばろう」なんていう空疎なことばが飛び交い、如何にもといった感じの歌い手たちによる”便乗商法”のオンパレードになるだろうことは想像に難くありません(そして、彼らはそのあとはいつものように、ブランドの服で着飾ってハワイへ休暇に出かけるのでしょう)。私はそんな紅白歌合戦はみたくないですね。それこそそれは、多くの自殺者と同じように、震災の犠牲者を「確認されない死」に追いやる傲慢不遜な行為だとしか思えません。

では、良いお年をお迎えください。
2011.12.30 Fri l 日常・その他 l top ▲